ブログを体験してみる

はてなダイアリーの創設時期からブログを体験してみようと書きはじめてながい年月が経過した。

きのうの金曜日、午前中はエッセイ教室、夕方から居合の稽古だった。

雨が降って肌寒い一日だった。

道場は入門者がふえて、にぎやかだ。組太刀の練習が多かった。


今日のエッセイ教室にだした原稿は、

アテナの銀貨                   中村克博
      

上甲板に鄢い天幕が張られ、中に丁国安夫婦と芦辺の姫がいた。厚みのある敷物が敷かれて、その上にいくつもの絹の絨毯が広げられ花園のようだった。天幕は三角の屋根をふせたようで窓が数か所四角に開かれて風が通っていた。
 先に着いた三人は絨毯の上に胡坐をかいてすわっていた。マンスールと惟唯と次郎もくわわって車座になった。座の中ほどに、なめし革の敷物がある。そこに受け皿にのった小さな湯呑が置かれ、バンカムの煮出し汁をアラビアの女が注いでまわった。イスラムの武将二人は天幕の入口に外に向かって立っていた。
丁国安が手真似まじりに、
マンスール殿の部下の武将も一緒に…」と言った。
「デハ、ヒトリダケ、イイデス」とこたえた。
 マンスールがアラビアの女に何か伝えた。女は布で頭を覆っていたが顔は出していた。片膝ついて、それを聞き終えると入口の一人の武将の方に歩いて行った。
 武将の一人がやって来た。マンスールが席を開けた。
「イブヌル、デス」とマンスールがみんなに紹介した。
 マンスールアラビア語で、みんなに訪問のお礼を述べた。博多で入手した材料でアラビアの食事を用意した。本国から遠く離れた船の上なので十分なもてなしができないが楽しいひと時を過ごしてほしいと言った。丁国安がそれを通訳した。

 黄金色のつやつやした飯が皿の真ん中に広げられ、そのまわりに火を通した野菜や炙った鳥の肉、緑が美しい茹で上げたばかりのそら豆が盛られていた。
マンスールが膝の前の手洗い椀で手を洗って布で拭いた。みんなもそれにならった。マンスールとイブヌルが食事前の祈りをしてから、マンスールは右手の三本の指を使って自分の皿に炒めた飯や鳥の肉をのせた。丁国安が同じように手を使って飯や野菜を皿にとった。イブヌルはためらっている惟唯や次郎を見てうながした。三人は同時に右手の三本の指を黄色い飯の中に入れた。
アラビアの女が銀色の匙を丁国安の妻と芦辺の姫に手渡してほほえんだ。二人は頭を下げて礼をいった。
「この黄色い飯は醍醐の油で炒めたものです」と丁国安が説明した。
「おいしいですね。口の中にとろけるように…」と妻のたえが言った。
「アラビアの人はみな手を使って食べるのですか」と惟唯が聞いた。
「そうです。右手だけを使います」と丁国安がこたえた。
「匙は使わないのですか」と妻のたえが聞いた。
 丁国安は空になった皿にそら豆を大きな指でたっぷりとりながら、
「汁を飲むときには匙を使いますね」と言った。
「なぜ手を使うのですか」とさらにたずねた。
 丁国安は口いっぱいにそら豆を頬張って、
「なぜか…、それはわからぬ…」
 ほぼ空になった大皿がさげられて、挽き肉や香味野菜を混ぜ合わせ野菜の葉に巻いて煮込んだものと、四角に斬った肉を一尺ほどの長い金属の串にさして焼き上げたものが運ばれてきた。たえとちかは強い香辛料の匂いと肉の焼けた匂いに戸惑っていた。
 丁国安は運ばれる料理を伸び上がるように見て、
「なんとも、うまそうな匂いだ。久しぶり、この匂いがたまらん…」
壱岐では牛がたくさんいますが、食わんようですね」と惟唯が言った。
「そうです。大切に育てるだけです」と芦辺の姫ちかが言った。
「ちか殿は食べたことがないのですか」
「いえ、博多に行ったとき、一度、食べたことがあります」
 丁国安は野菜の葉で巻いた煮込みを手で口に押し込んでいた。汁が顎から膝の上にしたたり落ちた。左手で顎をぬぐっている。見るとマンスールも顎の髭を左手の甲でそうしていた。一口では口に入れきれない。次郎はそれを見て野菜で巻いた半分を噛むとすかさず取り皿で汁を受けた。アラビアの女がそれを見てほほえんだ。目が会った。これまで味わったことがない幸せが口の中に広がっていくようだった。
たえは丁国安のつるんとした大きな顎を手巾で拭いて、それを膝の上に広げた。自分の皿にとった料理を匙で半分にした。それを丁国安の口に運んだ。
「かたじけない。そなたも…」と言いかけて匙ごと口に入れた。
 次郎が惟唯を見て、
「平戸の婿殿も、もうじき、ああしてもらえますな」と言った。
 惟唯は、じろりと次郎を一瞥して、マンスールに、
「アラビアではこのような時に女は同席しないと聞いておりますが」
 マンスールが軽くうなづいて、
「アラブデハ、オンナト、イッショニ、タベナイデス」
 丁国安は串の焼き肉を手で摘まんで、
「女は顔も見せない、まして食べるのところなど…」
「しかし、この場で二人の女が食べ物を運んでいますが…」
「奴隷の女は別です。命ずればこの場で裸にもなります」
 たえが驚いた顔をして、
「この、馬鹿もの」と言って丁国安の脇腹を思いっきり、つねった。

 座の中央の敷き革の食べ物が片づけられ、菓子と飲み物が運ばれた。菓子は一辺が一尺ほどの四角い形で厚みは一寸ほどだった。取りやすいように小片に切れ目が入れてあった。
 丁国安は待ちかねたように手を伸ばして皿にとった。
「この菓子には蜜がかかっておるはずだが…」と口に運んだ。
「ミツハ、イマカラ、カケマス」とマンスールが笑った。
 アラビアの女が壺から蜜をすくって大皿の菓子の上に何度も流した。菓子は薄い小麦の生地を焼いたものを幾重にも重ねて、その間に白い練り物がはさんであった。
丁国安が蜜のたっぷりかかった一切れをつかんで、
「女奴隷を妻にすれば天国でほめられる」と上を向いて口を大きく開けた。
「いいかげんなことを」とたえが丁国安をにらんだ。
「イエ、イエ、ムハンマドノコトバデス」とマンスールが言った。
 丁国安は我が意を得たりと、たえを見て、
ムハンマドは捕虜にしたユダヤの女を解放して妻の一人にした」
「ソウデス。タイセツニ、シマシタ」
「次郎殿、マンスールに一人譲ってもらってはいかがですか」
「イイデスヨ、ドチラガ、イイデスカ」とまじめな顔で次郎を見た。
 次郎はどぎまぎして、
マンスール殿の許嫁でしょう。そんな大切な方を」
「大切なものほど差し上げるに価値がある」
「ソウデス、タイセツダカラ」と言って、アラビアの女に何か言った。
 二人のアラビアの女が顔を見合わせていた。二人はマンスールを見つめて、一人の女がマンスールに何か言った。
「ジロウ、ナニカ、モラッタ、ノデスカ」
 次郎は胸のふところに手をいれて小さなガラスの小瓶をとりだした。恥ずかしそうに右手のひらにのせて見つめていた。
「隠しておったのは、その小瓶だったのか」と惟唯が言った。
 丁国安がアラビアの女をちらりと見て、
「それは、香油壺ですな。どんな匂いが入っておるのかな」
「ニオイガ、オナジオナゴ、オナジニオイノ、ソノオナゴガ…」
「香油の香りで妻えらびとは風流なことで…」と丁国安が言った。
「ソレトモ、フタリ、イッショ、イイデス」
マンスール、それでは、おぬしの妻はどうする」と次郎が言った。
「ワタシハ、ニッポンノ、オナゴガイイ」と言ってちかを見た。
 芦辺の姫は大きくない目を丸くして、マンスールを見た。しばらく誰も何も言わなかった。波の音も風の音も聞こえなかった。
 丁国安が話の流れをかえて、
「このアラビアの船団は南宋と敵対する金の国に物資を運ぶのですな」
栄西禅師のはからいとか…、ですが…」と惟唯が言った。
 丁国安が惟唯の疑問にこたえて、
「金はモンゴルと国を接し争いがたえません。モンゴルはたくさんな部族に分かれておりますが、ひとつにまとまれば脅威です。南宋は銀や絹など、さらに多額の歳幣を金の国に献上して今は和平がつづいておりますが、いつまた開戦するかもしれません」
南宋との関係で博多の船では都合が悪いのでしょうね」と惟唯が言った。
「それで、アラビアの船団で金に物資を運ぶのですね」と次郎が言った。
「金が滅べば勢いのついたモンゴルの脅威を直接に南宋が受ける」と丁国安が言った。
「ワタシモ、イキマス。ジロウモ、イキマスカ…」
「いや、私は月読の殿の言い付けがなければ…」と惟唯を見た。 
平成二十七年五月五日