ブログを体験してみる

はてなダイアリーの創設時期からブログを体験してみようと書きはじめてながい年月が経過した。

庭の梅と小さな桃の実を写真にとった。

今日は日曜日、もうすぐ日の出、天気がよくなりそうだ。

梅の実が、毎日ポタポタ枝からおちる。 小さな桃のみが色づいてきた。


先週の金曜日、エッセイ教室だったが行けなかった。夕方の居合の稽古も休んだ。
小説の原稿は書いていたので前日、サークルの事務所に持参した。


アテナの銀貨                    中村克博

 
目がさめると朝になっていた。船室に窓はないが板戸の隙間からの薄明りで朝になったことがわかる。昨夜はよく眠ったようだ。芦辺の浦をでてから二日目の朝で、風は真西に変わっていた。舳先が波がしらに突っ込んだ音が低く伝わって次郎が寝ている床がゆっくり持ち上げられる。それからすべるように進みながら落ちていく。海のうねりにあわせて体が上下する感覚が心地いい。
船尾に近い甲板下にある船室をでると小雨まじりの冷たい風が次郎の顔を濡らした。舵取り場の上を見上げるとマンスールの姿が見えた。
「サクヤハ、ヨク、ネムリマシタネ」
「久しぶりの航海で風もよく、思わず寝過ごしました」
「ムカイカゼハ、フネガ、ユレマス」
階段をのぼるとマンスールの横に黒崎兵衛がいた。
次郎に頭を下げて挨拶した。
「明け方、北風が西の向い風にかわりました」  
 黒崎兵衛はこのたびアラビア船の航海長をつとめていた。これまで高麗の国との交易で済州島までは若いころから何度も来たことがあった。しかし、高麗の西に広がる海を渡るのは初めてだった。
「前方の島が耽羅(たんら)だな」
「そうです。済州(ちぇじゅ)と言っています」
 西風を右舷前方から受けて西南に進んでいた船が向きを変えるようだ。船を風上にまっすぐ立てる。帆がしばたくうちに大きな二枚の三角帆を水夫たちが掛け声を合しながら同時に帆柱の反対側に入れ変えた。甲板の傾きが変わって次郎は重心を左足にうつした。船は北西に向きを変えた。
「遠くに高麗の国が… 今朝は霞んで見えないようだ」
「天気がよければ進路の先に高麗の西端がみえます」
「高麗の西をかわせば、あとは北西に一直線だな」
「高麗は長らく続いていた国の乱れが収まり崔忠献(チェ・チュンホン)が国をまとめて国王をもりたてております」
耽羅にも国王がおるそうだが…」
「王はおりますが、いまは高麗の支配で済州郡となっております。我が国との交易も古く、北は能登の国や蝦夷の十三湊まで出かけております」
南宋の慶元府(寧波)や山東半島の烟台とも行き来しておるそうな。海の交易が盛んなことは南の琉球に似ておりますな」 
「いくつもの国に朝貢して海の交易の要衝です」
「カラダガヌレテ、サムイデス、ナカデ、オチャデモ…」
マンスルールが寒い寒いと震えるまねをした。左舷のすぐ横にはアラビアの外洋船が三角の帆を満帆にかたむけて白波を跳ね上げていた。その後にまだ二隻つづいているが後ろの船は雨で小さく霞んで見えていた。
船尾楼の船室に入って扉を閉めると暖かだった。部屋の左右と奥の壁にある板窓が閉じられているが暗くはなかった。窓の中ほどは四角にくりぬかれて、丸いガラスの板が並べてはめ込まれていた。
次郎は板窓に近づいて珍しそうに指でかるく突っついて、
「この窓には瑠璃を丸い板にして並べてある」
「はじめて見ました。障子や格子とはちがう、不思議な明りですね」
「私も見たのは初めてです。これまで窓が開いていたので気づかなかった」
「アラビアデハ、イロンナ、ウツワニモ、ルリガアリマス」
 三人は椅子に腰かけた。部屋の隅に小さな竃があって土鍋がかけられ湯気がでていた。そばに萌黄色の頭巾をまいたアラビアの女がいて端正な横顔を瑠璃の窓明りが照らしていた。
もう一人、紫の布で髪をおおった女が煎じ茶を机の上に置かれた湯呑についでまわった。船がゆれた。女の体が次郎にふれた。やわらかい女の体が雨で濡れた次郎の右腕から肩に伝わった。
「これは、芦辺の茶葉ですね。ありがたい」と女を見て言った。
 女に次郎の言葉は通じない。髪を布でおおっているが顔は出していた。青みがかった鳶色の目をしていた。ふせ目がちに次郎を見つめてほほえんだ。
「ジロウ、ルリノ、コビン、アリマスカ」とマンスールの声がした。
 次郎はどきりとした。ふところに手を入れて、
「ありますが…」と恥じらいでこたえた。
「ソノ、オナゴノ、ニオイト、オナジデスカ」
 次郎は、うろたえて、どぎまぎした。二人の女はどちらも同じようで、未だに見分けがつかないのだ。
「それが、どちらが、どちらやら…」
もう一人の萌黄色の頭巾の女が三人に白い布を手渡した。次郎は乾いた布を広げ雨で濡れている頭や顔を拭いた。
「フタリハ、カミノイロモ、メノイロモ、チガイマス」
「私には、見分けがつきにくい」ともじもじしていた。
黒崎兵衛が次郎のようすを見て口元を隠すように茶を飲んだが目が笑っていた。「ミタメモチガウ、ココロネハ、イントヨウホド、チガイマス」
「なんと、陰と陽とな、どちらが陰でどちらが陽です…」
「ハハ、ㇵ、ソレハ、ゴジブンデ…」
「陰と陽…、それでは別々には離せませんな」と黒崎兵衛が言った。

 昼すぎて雨風に変化はなく小雨に外界は煙って見えていた。船団は高麗の本土に近く、天気がよければ右舷前方に珍島(ちんど)が見えているはずだが、遠くの海も空も同じ薄墨色に霞んでいた。
まもなく前方に霞の中から大小たくさんの島影が見えてきた。
兵衛が右手をかざして小雨をよけながら次郎に、
「あの多島の海を船団では通れません。それに、海賊の心配があります。もうしばらく、このまま進んで南西に変針します」
 そう言って兵衛はマンスールにも身振り手振りで話していた。
 マンスールは了解して主甲板にいる船長のイブヌルを呼んだ。船長は階段を上がってきてマンスールの前に直立した。マンスールは船長とアラビアの言葉で何やら話し合っていた。船長は了解したようだ。
 アラビアの女が手荷物をもって上甲板下の部屋に移された。船尾の旗竿に黄色い大きな旗が揚げられた。水夫に武器が配られた。短剣を持つ者と反りのふかい湾刀を持つ者、それに弓矢を持つものがいるようだ。甲板に三機ある石弓の布おおいが取り除かれた。次郎も胴丸を着けた。
いくつもの島影はさらに近づき、切り立った断崖の岩肌や山の木々の緑が小雨をとおして見えていた。
「これまで近づいて浅瀬はないのか」と次郎が兵衛を見た。
「島の近くまで水深はありますが、まもなく転進するはずです」
戦闘準備がととのうと船は左舷に進路を転じ始めた。三隻の交易船も同じように三角帆を入れ変えていた。どの船の船尾にも黄色い大きな旗がひるがえっていた。
船団は散在する島嶼群を少しずつ離れていった。想定した海賊船は出てくる気配はなかった。しばらくすると左舷に小さな島が二つ近づいてきた。何事もなく、その島をやり過ごして船団は再度、北西に転進した。
「海賊は出ないようだな」
「そうですね。この先にまた、小島のおおい海があります」
「海図では夕方に、その地点だな」
「それまで、水夫を休ませてはと思いますが…」
「そうだな」
 マンスールが船長に指示を出して戦闘準備は解除された。武器は仕舞われて甲板からは水夫の姿は消えていた。マンスールと船長を船尾楼に残して、次郎も兵衛も甲板下の船室にもどった。厨房では早めに夕餉の料理がはじまったようで、肉を焼くにおいや香辛料の匂いがただよってきた。次郎は床に横になっていた。同室の兵衛は眠ったのか、寝息が聞こえていた。
次郎は懐に手を入れて瑠璃の小瓶を取り出して眺めていた。部屋は薄暗かった。透明な小瓶は手のひらで暗く見えた。小瓶には赤い丸い蓋がついていた。次郎はまだそれを取ったことがなかったが小瓶の中の香油の匂いは鼻を近づけると香ってきた。

いつのまにか次郎は眠っていた。騒がしい物音や水夫たちのアラビア言葉が飛び交う気配がして目がさめた。部屋に兵衛の姿はなかった。次郎は胸の小瓶を確かめて太刀を身につけて外に出た。水夫たちが兵器庫から刀や弓矢や鉾などの武器を手送りで上甲板に出している。次郎は込み合う階段を上っていった。
空は晴れ間が見えて明るく、兵衛がいた。
「飯の用意もできぬうちに、海賊のお出迎えです」
平成二十七年六月十七日