ブログを体験してみる

はてなダイアリーの創設時期からブログを体験してみようと書きはじめてながい年月が経過した。

今日18日、土曜日は午前中お茶の稽古、午後から娘の結納のがあった。

朝からいい天気だった。母がウバユリを生けていた。
アジサイがそえてあった。おめでたい日だから、だろうか。

時間がないので、先に薄茶を人手前だけして中座させてもらった。


きのうはエッセイ教室だった。


アテナの銀貨                    中村克博


 船尾楼の甲板からその様子を見ていたマンスールは弓と矢を取り階段を駆け下りた。駆け下りると言うより十段の階段を二歩で飛び降りた。船端の欄干に着くや矢をつがえて長柄の槍を持つ男に向けて放った。矢は男の喉元に深く突き刺さった。射られた男はゆっくり仰向けに倒れ両手で矢をつかんで悶えた。高麗の船の前甲板では剣や鉾を持った海賊が十数人ひしめいて罵声をあげていたが、射られた矢を見てみんなうろたえ船屋形の屋根の下に我先に身を隠そうとした。
マンスールの横にいた兵衛が太刀を抜くや身を躍らせて海賊船に飛び降りた。飛び降りて転んだ。そこを一人の海賊が上段から切りつけた。兵衛は尻もちをついた格好でその一撃を受けた。また、べつの海賊が屋形から走り出たが兵衛には目もくれず舳先に走った。舳先に着くと剣を振りかぶって舫い綱を切ろうとした。
マンスールは矢を二本持っていたが残る一本をためらわず舳先の男に向けた。矢は男の後頭部に突き刺さった。男はつんのめって海に落ちていった。兵衛は床に左手をついたまま敵の足を狙って太刀を払った。海賊は足をひょいと引いてかわし、同時に兵衛の頭に上段からの二撃目を振り下ろした。兵衛は太刀を引き寄せ鍔元で受けたが左の肩から背中にズンと重い衝撃を受けた。
マンスールは弓を捨てアラビアの湾刀を振りかざし兵衛の横に飛び降りた。飛び降りざまに兵衛を攻めていた海賊の首を切り落とした。首のない体が鮮血を吹き出しながら兵衛にかぶさってきた。アラビアの水夫たちが次々と高麗の船に飛び移って船屋形の中に突進した。左手には小さな盾を持って右手には肉厚の短めの剣をかまえていた。
次郎は高麗の船から流れた艫綱をにぎっていた。波のまにまに顔を浮かせて戦の様子を見ていた。右足の槍傷から出血していたが気はしっかりしていた。重い甲冑をまとっていないのが幸いだった。
高麗の船はアラビア船に舳先を引っ張られていたが船足は止まっていた。アラビア船はイヌブルの指示で、すでに帆を降ろしていた。
アラビアの水夫たちは先頭が数人斬られたが突撃する勢いはすさまじく、海賊たちは叩き斬られ突き刺されてうずくまった。狭い船屋形の中でひしめく海賊たちは長剣や鉾は使いづらく一方的な殺戮がつづいた。
そのあいだにマンスールは艫綱をゆっくり引いて次郎を左舷の船べりに引き寄せた。アラビアの水夫が三人、海に浸かって次郎を持ち上げた。次郎は高麗の船の上に引き上げられた。
マンスールが髭の間から白い歯を見せて、
「マニアッテ、ヨカッタデス」
 次郎は礼の言葉をかえす機会もなく屈強な水夫の肩に担がれてアラビア船に運び上げられた。帆が上げられた。舳先の舫い綱を切られた高麗の船は静かに遠ざかっていった。
 アラビア船に残っていた五人の海賊は綱で腰を縛められて階段の陰にひと塊にされていた。次郎は甲板下の部屋に運ばれ槍傷の治療をうけた。
船は徐々に速度を上げていたが風はかわらず弱かった。停船して待っていた僚船のアラビア船も帆を上げていた。大型の交易船だが船荷は少なく海戦の装備があり、操船作業の水夫のほかに戦闘専門の兵士が百人ほど乗っていた。船は互いにラッパで信号をかわしていた。
高麗の海賊船は風上から間合いをたもって並走していたが戦を仕掛けることはなかった。先を走る大型のアラビア船から震天雷が発射された。高麗の海賊船の前で炸裂して、大きな音が三度ほぼ同時に耳をつんざいた。
マンスールは高麗の海賊の前にいた。五人の海賊は腰を縛られて数珠つなぎになって、ひざまずいていた。
マンスールが海賊の頭目に、
「イクサハ、オワッタ、ウミニ、ノガレナサイ」
 聖福寺の僧が高麗の言葉で通訳した。年長の頭目がこたえた。
「老人は泳げないと言っております」
「カイゾクガ、オヨゲナイノデスカ」
 聖福寺の僧はしばらく海賊とやり取りして、
頭目は西に広がる海にもその先の渤海にも多少の心得があると言っています」
「ニシノウミモ、ソノサキノウミニモ、シッテイルノデスネ」
 マンスールは了解して海賊の頭目はそのまま残ることになった。ほかの海賊は船を離れて解放されるが、腰縄を解かれた五人は頭目と何やら話している。
 前を走るアラビアの船から震天雷が発射された。今度は三発が少し間を置いて炸裂した。五人の海賊は驚いたが、まだ話は続いていた。
 イヌブルが部下を五人従えてやって来た。海賊たちの背後でアラビアの湾刀をさらりと抜いた。刃先で一人の肩を軽く二度たたいた。海賊はふり向いた。肩の刀を見て、それからイヌブルに頭を上下してうなずいた。海賊たちは年老い頭目に丁寧に頭を下げ、四人がばらばらに足から海に飛び込んだ。
 聖福寺の僧がとなりの同僚の僧に、
「高麗の人は、頭目に一緒に行こうと説得したのでしょうね」
「しかし、部下がたくさん死んで獲物は何もないですから…」
「海賊の頭目は死ぬ気ですね」

 海賊の船団はしばらく並走していたが徐々に距離が開いた。日が西の海に沈んでうろこ雲が赤く染まりはじめるころ、小さく見える船団の帆は一斉に進路を北に変え消えていった。
 マンスールは海賊の頭目を自分の客人として処遇した。船内での行動に制約はなかったが、その後ろにはアラビアの兵士が二人ついていた。マンスールは甲板下の次郎の部屋に下りて行った。海賊の頭目がついてきていた。
 部屋の扉は開いていた。次郎は笑顔で迎えたが横になったままだった。聖福寺の僧が二人いて無言で次郎の太腿を治療していた。
兵衛も横になっていたが体を起こして挨拶した。兵衛は腹巻を着けていたので左肩の切り傷は軽傷だった。
次郎は素っ裸で仰向けに首から下は白い布がかけてあった。右足を太腿から出していた。傷口を湯で洗い、僧の一人が練り薬を塗ろうとしていた。
それを見てマンスールが、
「マッテクダサイ、アラビアノ、イシャガイマス」
 アラビアの医者はすでにマンスールの後ろから髭だらけの顔で部屋の中をのぞいていた。男の助手が手提げの木箱を持っている。

 海賊の頭目マンスールに従って甲板を下りてきたが、自分にそぐわない場所だと思い、部屋にはいらずに甲板へと上っていった。アラビアの兵士二人がその後についていた。それに合わすように聖福寺の二人の僧も皆に挨拶して出て行った。
 アラビアの医者は次郎の右足の傷の前に腰をおろした。マンスールは次郎の左横に胡坐をかいて坐った。兵衛は少し離れて胡坐をかいていた。部屋の扉は開いたままだが少年の従卒が二人、外を向いて立っていた。
 マンスールが次郎の手を取って、
「アラビアノ、ヤリカタデ、チリョウシマス」
「そうですか、お願いします」
 アラビアの医者は、槍が突き通ってできた太腿の傷口を入口と出口、丹念に診ながら、助手に薬品や治療器具の用意をさせた。医者はみずから短いアラビアの矢を一本取りだして、白い布をゆるめに巻いた。鏃(やじり)から一寸ほどと矢羽の部分を残して、矢は白い布の棒になった。
 医者はその白い棒に透明の薬品を湿らせた。透明な瓶を少しずつ傾けて薬品をかけた。次郎は珍しげに見ていた。初めて嗅ぐ匂いだが不快ではなかった。医者の指示で助手が次郎の口に手拭いのような布を噛ませようとした。
 次郎は、いぶかしい顔をして口を開けない。
「シッカリ、カメバ、イタミガ …」とマンスールが次郎の顔を見た。
「武士がこれしきのこと」と次郎は天井を見て目を閉じた。
「ソウデスカ…、ソウデスネ」と、マンスールはアラビアの医者にうなずいた。
 アラビアの医者が白い棒の鏃を傷口に少し差し込んだ。血が流れた。みんな息を殺したように見つめ、静かだった。鏃は傷口にゆっくり入り白い棒が赤く染まった。医者は腕の力を込めて棒をさらに押し込もうとした。いきなり、次郎の声がした。
「ぐぅう、い、ぎゃあ〜っ、わああぁあぁ」と叫んだ。
 アラビアの医者は手をとめた。マンスールを見た。
 マンスールは短く従卒に何か言い付けた。従卒の一人が走った。
 すぐにアラビアの女がやって来た。マンスールに言われるまま、一人がマンスールに代わって次郎の左手を両手につつんだ。もう一人は白い布で次郎の額の汗をかるくぬぐった。次郎は二人の女を交互に見て、しかと天井を見すえた。
マンスールが笑顔で医者を見てうなずいた。医者はもう一度、白い布の棒を傷の中にぐいぐいと差し込んだ。棒が矢羽の近くまで押し込まれた。抜き通った白い棒は赤黒く染まって太腿の内側から出てきた。
                          平成二十七年七月十五日