ブログを体験してみる

はてなダイアリーの創設時期からブログを体験してみようと書きはじめてながい年月が経過した。

きのう、午前中はエッセイ教室だった。

エッセイ教室のあと、ハーバーに行ってヨットのキャビンで休んだ。
寝転んでラマナ・マハリシを読んでいた。瞑想はいくら読んでもわからないが、
やろうとしても、できるものでもない。でも、やらなければできない。
やってもできないだろうがまた、はじめようかと思った。
夕方から武道館にいって居合の稽古をした。


きのう、エッセイ教室に提出したのは、


栄西と為朝と定秀                    中村克博


丘陵を一列に並んで進む一八騎の中央に為朝はいた。弓は持っていなかった。為朝の前には丁国安が馬を降りて大股に歩いていた。先ほどまで手綱を馬丁に持たせて大きな体を馬の動きに合わせていたが何とも窮屈そうにしていた。その前には彼の妻たえと芦辺のちかが、すっきりした後ろ姿を見せて馬は軽やかだった。たえは、ときどき、ちかの馬に後ろから寄り添って何やら話しかけていた。ちかは振り返って笑顔でこたえていた。ちかは半弓を持っていた。腰の箙(えびら)は小ぶりで矢羽の白い一二本の矢がおさめてあった。ちかの前には栄西が手綱は口取りにまかせて馬の背で心地よさそうに揺れていた。為朝の後には八騎の武士が続いていた。いずれも大弓をたずさえて箙には二四本の矢を入れていた。
道の先にこんもりとした森が黒く見えてきた。先導していた芦辺の二騎が速歩(はやあし)で隊列から離れていった。行忠は道の端に馬を止めて列をすごし為朝が近づくのを待った。
「為朝さま、一之宮です。物見がでました。しばらくお待ちください」
「月読神社まで、道なかばのところだな」
「はい、これより先は見通しのきかない山道になるようです」
 隊列は停止した。一列になった騎馬の両脇は水の張られた田が広がっている。行忠は物見が遠く駆けるのをながめていた。いま、このような形勢で襲われたらどうするか、そのおり、為朝は自分に戦闘の指揮を任せるのだろうか、などを考えていた。行忠は為朝の後ろにいる八騎に向かって、はっきりした口調で静かに号令した。
「馬からおりよ」
 八騎は次々と前の動きを見倣うように馬から下りていった。途中の一騎が後ろに向かって「下馬だ」と伝える声が聞こえた。為朝も馬から下りた。騎馬のまま列の先頭に戻っていく行忠に、丁国安の妻、たえが声をかけた。
「ひとやすみ、ですか」と笑顔で見上げた。
「いえ、この先の一之宮で少し休みます。案内が立ち戻れば、すぐにむかいます」
 丁国安はヒョウタン(ひさご)の水を飲みながらそれを聞いていた。芦辺のちかは道の端にしゃがんで馬が田の水を飲むのを眺めていたが頃合いを見て手綱をしぼった。顔を寄せてきた馬の鼻づらを左手で撫でている。半弓は右の脇にはさんでいた。その前で栄西は動かない馬の背に乗ったままうつむき加減で目をとじていた。
行忠が元の場所に戻ると一之宮の森蔭から出てくる二騎の武者が見えた。そのあとに大勢の徒人(かちびと)が、さらに、そのあとから騎馬がたて続けに出てきた。何事だろうと思った。先の二騎の武者が駆けだして、みるみる近づいてくる。二騎は下り道を駆けるが乗り手の頭(かぶり)はほとんど揺れてはいなかった。行忠が背後を振り返ると二人の武士はともに矢筈(やはず)を弓の弦に番(つが)えるばかりで行忠の指示を待っていた。
「まて、あれは我が方の物見だ」と戸惑いをみせないように言った。
「なかなかの手綱さばきですね。弓は持っておりませんが駆け方は騎射のものですね」
「見事な乗り方だ」と行忠はこたえ、為朝のようすをうかがった。 
 遠くて為朝の表情は見えなかった。栄西は馬上にいた。ほかの人はみな馬から下りて一之宮の様子をみていた。物見の二騎が戻ってきた。芦辺からの出迎えが少し多すぎたことの釈明に行忠は領解(りょうげ)して、ただちに全員が馬に乗り一之宮にむかった。一之宮では鳥居を乗馬のまま境内に入るように案内があったが為朝はその前に下馬して歩いていた。先に立つ芦辺の二騎だけが騎馬のままで鳥居をくぐったが、そのあとを連れ立つ人々の列は馬をおり、お辞儀をして鳥居の中ほどをさけるようにして境内にはいった。
境内は広々として砂利が掃き清めてあった。近くの村人らしい男女がなれた手つきで馬の轡(くつわ)の紐を預かってくれた。それぞれがそれぞれに挨拶をかわし礼をのべた。集落をあげて人々が為朝の一行を歓待しているのがわかったが日は傾いていた。ふるまわれた茶をそこそこに小用をあたふたといそいだ。丁国安の姿が木陰の奥にみえた。妻のたえが後ろから近づいていきなり声をかけた。大きな短い首が身震いしている。 
「何をなさいます。ここは境内ですよ」小さく鋭くいった。
「厠が遠くて混んでいるようで、我慢できずに」と前をむいたまま手元を上下した。
 丁国安がふり向くと、たえの姿はなく、やぶ蚊が耳元でうなった。
 騎馬の列は一之宮での出迎えが加わったので行忠からは先頭が見えないほどになっていた。夕日の沈むまでにはまだ余裕はあるが騎馬が進む森のみちは薄暗かった。ときおり枝葉の間から夕日が斜めに顔を照らすと手元は明るくなるが、まわりの木々は暗い影になって何も見えなくなった。行忠は「弓を射かけるならこんな場所だな」などと思う。葉風や枝の触れ合う音が弦音(つるおと)のように聞こえて、まぎらわしく、気がかりでならない自分が未熟に思えた。 
「木洩れ日の中を、まるで海の中を泳いでいるようですね」と、たえが、ちかにしゃべった。
「ほんとに、幻覚の中にいるようですね」と、ちかが振り向いた。
まぼろしを見たことがあるのですか、私も見たい」と、たえが轡(くつわ)を寄せてきた。
「いえ、見たことはありませんが、つい、木洩れ日が心地よいもので・・・」
「たしかに、しばし心地よいが、目覚めたあとが・・・」と、栄西が振り向いた。
「禅師さまは、まぼろしを見られますのか」と、たえの声に、先を行く行忠が振り向いた。
「そうですな。わかりませんな」と、栄西は向きなおって目を閉じた。
 為朝は、とぎれとぎれに前方の会話が耳に入っていた。そうかもしれない。いま自分も夢の中にいるのかもしれないと思ってみた。もしそうなら夢の流れるままに身をゆだねてみるのもいいかもしれない。それは心地いいのだろうかと思う。すべてが、まぼろしなのだろうか、自分自身の存在が幻覚なのか、いや、そうではない、ただ疲れているだけなのだ。   
まぼろし、ではない生きる目的がないだけなのだと思う。時の流れに翻弄されるようにして、たどり着いたところに居場所がなかったのだ。いや翻弄などされていない。すべて自分の意思でしてきたことだ。思いが入り乱れ、心がくらんで悶々と頭の中が混乱する。
平氏が滅んで、これから源氏の世になるのだろうか。いや、そうではあるまい。なにか別のものが得体の知れない人でも物でもない何かが世の中を動かしているような気がする。自分はいったい何をどうしたいのか、思いめぐらすと頭のうしろが痺れるようだ。 
突然、騎馬列の先頭で鳥の羽ばたく音がした。為朝は目がさめたように我に返って音の方を見すえた。樹木の隧道のような道の先が明るく広がっている。森がきれるようだ。森の道を出ると空は抜けるように青かった。肌を刺す北風が邪気を払うように吹き、夕日は西の空にひくく傾いて、まぶしく輝いていた。
行く手の左先に小高い丘がみえる。その丘を巡るように塀が見え、石造りの鳥居が見える。古くて蒼然としているが、おくゆかしい鳥居だった。鳥居をくぐれば石の階段が山の上に伸びて、その先の本殿につづくようだ。本殿からは西の海に沈む夕日が望めるのかもしれない。為朝はふしぎと感慨にたえない気持ちになっていた。ここが壱岐の月読神社か、深い心づかいと慕わしい心の平安を感じていた。                       
平成二五年九月六日