ブログを体験してみる

はてなダイアリーの創設時期からブログを体験してみようと書きはじめてながい年月が経過した。

キショウブの花が開いた。

毎年この時期には黄色い花をたくさん咲かせるのだが、

今年は台風時の氾濫をさらえる工事をしたので花が少ない。
先週の金曜日、エッセー教室に行ったら休講だった。


休講日に持参した原稿は、

アテナの銀貨                  中村克博 


 惟唯たちは月読神社にもどっていた。先ほど見てきた松浦船の様子を為朝に報告したあと兵舎にある自分の部屋でくつろいでいると、マンスールが杖もつかずに訪ねてきた。うしろに琉球の年増の女が控えている。部屋は二間四角の板張りで南側の障子を開け広げていた。雨が降っている。
「シツレイ、イタシマス」とマンスールは通事なしに片言で挨拶した。
「どうぞ、どうぞ、お座りください」と惟唯は自分が座っていた円座をゆずった。
「ドウモ、アリガトウゴザイマス」とマンスールは腰をおろした。
 マンスールはゆずられた円座に胡坐をかいて、頭を下げ惟唯と松浦の姫との慶事の祝いをのべた。それを琉球の女が通訳した。
「それは、どうもありがとうございます」と惟唯も頭を下げた。
「額の傷はもう完治されたようですね」と女が通訳した。
「おかげで、後の障りもなく…」
「私の尻の傷も治りました。ただ、長いあいだ寝ていたので歩きづらい」
「南の国からすれば、この地のこれからの季節は寒いでしょうね」
「そうですね、それでも体が動けば博多に行ってみたい」
「硫黄は本国に送らなくてもいいのですか」
「はい、エルサレムは奪い返しキリスト教の軍隊は北に帰りました。戦はもうありません。それにアラビアの盟主サラディーン様は数年前にお亡くなりです」
「お国へ帰りたくはないのですか」
「帰りたい気持ちはありますが、夢に見ていた日本の国を歩いてみたい。山には小川の水がほとばしり木々の緑が輝いて、手入れされた畑の野菜や田んぼの稲が実り、寒くなると山の色が黄色や赤に色づく、季節ごとの食べ物を味わってみたい」
「アラビアの人は日本のことを知っていますか」
「シナの東方にあるワクワークという国、豊かに黄金を産し、人々は黄金で織った衣服をまとって、犬の鎖や猿の頸輪にまで黄金を用いる」そのような話が伝わっていますと通訳した。
「ほう、山や野は草木にめぐまれ、食べ物は豊富で、あまたの黄金を産すると」
「それに… うつくしい女子がいくらでも木に生っていると…」
「なんと、木が人の形をした実をつけるのですか…」 
「千一夜という書物にはアラビアの船乗りの話でワクワークの国に生えているという不思議な木のことがのせられています」
「それは、どのような木ですか」
「シンドバット航海記によれば、ワクワークに行ったことのある者の話として、
――そこには長丸い葉のしげった大木が生えていますが、その木になる果実はうつくしい女の形をしていて話しかけると声を立てて笑うのです。ある水夫が気に入った形のものを選んで切り取ったところ、たちまち気が抜け、しぼんでカラスの死骸のようなものが後に残っただけでした」
「奇怪な話ですが、私もその木を見てみたいですね」
「それはよかった、ぜひ、一緒に探しましょう」
 琉球の女は話を通訳しながら論点の整理が追いつかない顔をしていた。
 廊下を渡ってくる気配が近づいて障子のそとで次郎の声がした。
 障子をあけてマンスールの顔を見てにっこり笑い、
「惟唯様、芦辺の屋形から知らせが参りました。私と行文がお供致します」
「それは、どうも、それにしても、いきなり、様づけはないだろう」
 次郎は部屋に入って腰をおろして正座になり、行文は片膝をついた蹲踞の姿勢で廊下にとどまった。
「しかしながら、平戸松浦の婿養子となれば鎌倉の頼朝様御家人、地頭の婿殿でございますので…」
「あちらの姫と夫婦になるとしても婿いりとは決まってはおりません」
「ま、いずれにしても、これで平戸とのいざこざは無くなります」
「そう願いたい。栄西禅師の、いや鎌倉のねらいでもありましょう」

 惟唯たち三人は雨の中を騎馬で芦辺の屋形に出向いた。火桶で温められた控えの部屋に通され濡れた直垂を着替えた。煎じ茶がふるまわれ案内を待った。
 芦辺の当主、西文慶の娘ちかの声がして襖障子が開いた。
「このたびは、おめでとうございます」と両手をついていた。
「おう、ちか様、どうぞお入りください」
「いえ、すでに松浦の二の姫さまの支度がととのい広間でお待ちです」
「そうですか、こたび二の姫様は芦辺の囚われ人と小早船二艘を芦辺にお届けする引率役で来られたことになっております。私はその立ち会いを仰せつかり…」
 ちかは、目をふせて、さらに少し顔をそむけて、
「すべて了解しております。めでたくもあり、かなしくもあります」
 
 ちかの案内で広間に到着すると、正面の左右に芦辺衆と平戸松浦衆が向き合って座っていた。惟唯が下座に行こうとすると西文慶が正面に来て坐るように言った。
正面の席に移動して、惟唯の両脇には次郎と行文が座った。
右手には西文慶がにこやかに座り、五人の重臣が横に並んでかしこまって惟唯を見ていた。
左手には狩衣に着かえた二の姫が烏帽子をかぶらない長い髪で、かるく両手をついて、その横には松浦のいかめしい形相の武士が五人並んでいた。その向こうに囚われていた黒崎兵衛と芦辺の水夫が見える。
南に面した障子は開けられていたが長い庇の先に雨が降って空は暗く外の明りは部屋の奥までは届かなかった。
西文慶が何か言ってくれると思っていたが、何も言わない。二の姫は両手を膝の上で重ねて目をふせている。雨の降る方を見ると、それまで聞こえなかった雨音が聞こえてきた。惟唯は自分が何か言わなければと思うと頭の中が白くなった。
そのとき、縁側の板敷に小鳥が飛んできた。濡れた羽の片方を伸ばして部屋の様子を見ている。チュンチュンと鳴いた。
「あ、スズメが飛んできました」と惟唯は思わず言った。
 二の姫が顔を上げてほほえんだ。
西文慶が縁側に振り返って、
「スズメの雨宿り、いや、あれは、モズのようですな」
 すると、松浦の二の姫の横にいるいかめしい武士が、
「秋の野の尾花が末(うれ)に鳴くもずの声聞きけむか片聞け我妹(わぎも)」と言った。
「なんですか、それは」と惟唯まじめな顔で言った。
 その一言で場が興ざめたように静かになった。
 両側に居並ぶ両家の人々の視線がみなこちらを向いているようだ。惟唯はおごそかであるべき儀礼の場が台無しになる思いがした。
何か言わねばと思ったが目の前が暗くなりそうだった。
すると、二の姫の声がした。
「すすき野で、もずの寂しく鳴く声を聞いた夫が、家に一人でいる妻をおもう歌のようです。万葉集ですね」と言ってうつむいた。
 惟唯はすくわれたように、
「そうですか、いい歌ですね。スズメではこうはいかない」と神妙に言った。
 二の姫は笑みをかむように西文慶を見て、
「このたびは、お預かりしておりました船頭たちと小早船二艘をお返しでき、まことに祝着に存じます。どうか、これからは幾久しく壱岐と平戸がむつまじいつながりを保てますようにお願い申しあげます」
 西文慶が威儀を正して、
「ほんとに慶賀にたえない出来事でございます。鎌倉の世になり壱岐と平戸が仲よくすれば博多と南宋との交易も高麗や琉球との文物の行き来も盛んになりましょう」
 しばらく静寂がおとずれた。
惟唯は自分も何か言わねばと考えていたが思い浮かばない。外を見たがモズはもういなかった。 
 二の姫が左右の手を足の付け根に置いて背を伸ばした。
望洋と海を見るように、
「芦辺の船頭たち、お屋形の棟梁にご挨拶して席をお移りください」と告げた。
 芦辺の船頭たちは立ち上がって、しずしずと西文慶の前に座った。頭を下げたまま、一人ずつ挨拶をすますと惟唯の前に膝行して座りなおした。
黒崎兵衛が惟唯を見て、
「お久しぶりでございます。ご心配をおかけしました」と言って次郎を見た。
 次郎は無言だった。目がうるんで三人がぼやけて見えていた。
 惟唯がむせび声をかくすように太い大きな声で、
「我らが力を合わせれば、玄海の海はもとより、東は南宋の海も南は琉球までも、これより我らはわだつみとなり、この平和な海を守ります」と言った。
 平成二十七年四月二十九日