ブログを体験してみる

はてなダイアリーの創設時期からブログを体験してみようと書きはじめてながい年月が経過した。

昨日の金曜日はエッセー教室だった。

栄西と為朝と定秀の小説は今回で52.680語になった。
長くなりそうだ、来年中は続きそうだ。



栄西と為朝と定秀                     中村克博


 芦辺の浦を出てからときおり白波が立つ北西の風を、ほぼ真追手に受けた八丁だての小早船はひとすじに博多を目指していた。遠くにあった玄海島がだんだん大きく迫って、ゆれる筵帆に見えかくれするようになると、その手前にある机島の岩場に砕ける波の飛沫(しぶき)が舳先に届くほど近づき、追い波に乗って博多湾に入っていった。
 机島の岩場の奥の小さな入り江には海人(あまびと)が貝をとっているようすが見えた。博多の湾内には小舟があちこちに浮かんで漁をしている。宋の貿易船は船荷を詰め込んでいるのだろう重そうに吃水が下がって向かい風に帆げたを精一杯引き込んで難儀しながら外海に上っていた。行忠は藁布団の上に寝かされているが日が傾いて船が能古島にさしかかってから、ちかが用意していた薄い衾(ふすま)がかけられていた。田植え前の冷え込みが続くが、船は風の向かう方に走るので体は風を感じない。春の日差しは暖かだった。
「行忠さま、寒くはありませんか」
「はい、寒くはありません。衾の香りがいたします」
「もうしわけありません。とっさのことで、わたくしの夜具をもって参りました」
「いや、いや、かたじけないことです。あたたかいです」
 能古島に風がさえぎられ船足が落ちる前に櫓棚には両舷に四人ずつの漕ぎ手がでて「エイサー、エイサー」と掛け声を合わせて力強く櫓を漕ぎはじめた。島にさえぎられて、いよいよ風が落ちると筵帆を下さねばならないが、水夫がたりないので船頭は梶棒を紐でくくって自らも身縄ほどきを手伝った。帆がおろされると漕ぎ手の掛け声はより力強く船足はさらに早くなった。
 船は袖ノ港にすべるように入っていった。創建中の聖福寺はほぼ完成して西に傾いた夕日がいくつもの伽藍の屋根に輝いていた。船を袖ノ港の石積みの岸壁に横づけて舫うと町の方にも普請中の大小の建物がいくつも見えて、暮す人たちの物音や話し声に交じって槌音と職人の大声がひしめくように聞こえていた。船の旗印をみとめて芦辺にかかわる人々が船に近づいてきた。二人の若者を船頭が呼んで話をするとすぐに走り去った。
「禅師様、聖福寺に知らせをたのみました。青山(せいざん)先生の医療所には担架をたのみました」
「そうですか、それで安心です。船は見込より早く着きましたね」
「禅師様のお計らいで船荷が軽くなり、それに風に恵まれました」
「今日はどうぞ聖福寺に宿泊して疲れをとってください」
「いえ、これから唐泊で積み荷があります。それに袖ノ港はまだ修復中で迷惑かけます」
「そうですか、お疲れのところ、お気を付けください」
騎馬が十人ほどの徒歩武者を従えて駆けてきた。かなりの距離をひた走りに来たようで徒武者は騎馬よりも遅れ、息せき切って鞘を払い脇に抱えた薙刀の白刃が上下していた。鎌倉から派遣されている博多を警固する武士のようで船に近づくと馬上から船の内を検分した。栄西が船から岸に上がって応対した。侍烏帽子に紺色の直垂を着た騎馬武者は栄西を認めると馬から下りてかしこまった。
「これはさて、禅師さまではございませんか、いかがなされました」
「おやくめ、ごくろうです。壱岐からまいりました。怪我人がでましてな」
「そうですか、お怪我をされた方の見事な佩刀は拵えが京、山城のものとお見受けしますが・・・」
「は、は、は、猪を追っておりましてな。それで、馬から落ちましてな」
「そうですか、役目でございます。じかにお話をいたしたく存じます」
 武士が船に歩み寄ると、船べり近くに片膝をついて控えていた、ちかが、さえぎるように進みでた。
「怪我人でございます。ご容赦ください」
 武士が苦笑いをして、ちかをよけて身を右に一歩うごいて船に乗り込もうとしたとき、ちかの左手が動いてゆっくりと前差しの鯉口を切った。武士はそれに気づいて出しかけていた右足を引き、無意識のうちに左手の親指は太刀の鍔を押していた。束の間、武士の顔から表情が消えたが気をとりなおして、
「かわゆい顔をして難儀なことを申されるな。お方はたおやかになされ」
「そのような、ならわし当方にはございませぬ。むたいなら斬りむすんで果てるまででございます」 
言い終わらないうちに、ちかは前差しをすっと抜いた。武士は一歩しりぞいて左の親指で鍔を引き、少し出ていた刀のはばきをもどして戦意のないことを示したが、後ろに控えていた十人の武士はそれに気づかず、おもむろに薙刀を両手にもちなおして互いの間隔を左右にとって散開し腰を低くかまえた。船ではすでに船頭の合図で屋形にある刀箱が開けられ、九人の水夫は二尺たらずの打ち刀を手にして抜刀せずに指図を待っていた。船頭は屋形の中から鉾を逆手にもって、ちかの前にいる武士の胸元に狙いをつけていた。この距離なら投げた鉾がはずれることはない。武士の右手が太刀の柄にかかる気配がしたとき鉾を投げると決めていた。栄西はもとの場所に立ったまま、下げた両手を軽く結んでまなざしは眠るようだった。
「お覚悟おそれいりました。無作法、失礼の段おゆるしください。傷ついた貴人がおひとり、護衛の武人も見受けられません。仔細はのちほど栄西様からうけたまわれば役目はすむことです」
 武士は、ちかをさとすように、配下の武士に聞こえるように大声ではっきりと述べ、ちかに背を向けて栄西の方に歩み寄った。にっこりほほえむ栄西の額(ひたい)の汗に夕日があたって光っていた。
「ご配慮いただき、ありがたいことです」
栄西様、女人の捨身にはかないませぬな」
 薙刀を構えていた武士たちも姿勢を戻して顔がほころんでいるようだった。ちかは前差しの刃を鞘におさめて行忠のそばにもどった。船頭は武士の背中に目付をしたまま鉾を肩の高さから静かにおろして足元に置いた。
「おう、青山(せいざん)先生がおみえのようです。我らはこれで失礼します」
 武士が町の通りに目をむけて栄西に言った。栄西がふり向くと大きな黒い犬が体を左右にゆするように、垂れた耳をパタパタして走って来る。尻尾がない。そのすぐ後から青山(せいざん)先生が直垂(ひたたれ)の襟をはだけ、萎え烏帽子のいでたちで軽やかにかけてきた。担架を抱えた四人はずっと遅れて見える。

 行忠は診察台の上に横になって上半身の衣服は脱がされていた。青山(せいざん)先生は行忠の手首の怪我をあとまわしにして頭や首、わき腹や背中の状態を丹念に調べていた。そばには栄西が腰掛に座って左手で右手を軽く握って眼をほそめていた。
「右の肩から落ちたようですね。前の肩骨が折れておる。後ろの骨も痛めておるようです。あばら骨には損傷がないようですが、しばらく息はしづらいでしょうね。熱があるが安静に寝ておればもどります」
「右の手首はどうでしょうか」
栄西は体を少し前に傾けてたずねた。
「まだ見てはおりませんが折れた手首の処置が早く適切であったので、このまま触らずにします」

 ちかは別の部屋にいた。床は板張りだが履物のまま出入りするようになっていた。宋様式の足の高い台のまわりに丸い腰掛がいくつも置いてあり、ちかと一緒に三人の武士が端坐していた。聖福寺につめている鎌倉からの武士たちで栄西の護衛が任であった。茶碗に煎じ茶が出してあるが誰も手を付けなかった。長い静寂のなかで武士がぽつりといった。
「しかし、先ほど港で、警固の武士とのやりとり、感服いたしました」
 ちかは自分のことを言われていると分かったが、うつむいたままだった。
「私どもと同じ鎌倉からの武士たちですが互いの役目がちがいます。聖福寺から駆けつけたときには、すでに押し問答がはじまっておりました。介入できずに、どうしたものかと思案しておりました」
 ちかは、なおも無言でうつむいていた。床に寝そべっていた鄢い犬がゆっくり起きて、ちかの膝に大きな頭を乗せて顔を覗き込んだ。体重はちかより重そうだ。耳が垂れて、丸い目の上に茶色のまゆがぽつんとある。顔の下半分は茶色で大きな口の下唇がだらりと垂れ下がって涎(よだれ)がたまっている。
「ご心配をおかけしました。おかげで安堵いたしました」
 ちかが頭をなでると犬は体をよせて膝の上に太い腕をのせた。大きな頭に比べると小さな目で、ちかの顔を見ている。武士は冷たくなっている器のお茶を一口飲んだ。 

 診察室の火桶に炭火が入れられていた。大きめの茶釜の蓋がきられ湯気が出ていた。青山(せいざん)先生は壁につくりつけの箪笥から生薬の入った引き出しをいくつも抜いて飲み薬や張り薬を処方していた。
「熱が下がるまでは安静が肝要です。部屋を用意します」
聖福寺に移すわけにはまいりませんか」
「いまは動かさないほうがいいでしょう。付添いの看護人がいります」
「護衛の武士はいかがしましょう」
「博多は警固の武士が隊列を組んで夜も巡回しています。ここには大きな犬もおります。はは、は」
「もっか鎌倉が最も警戒するあのお方がからんでおりますので・・・」
「夫人と怪我人、刺客が狙えばどこにおっても同じこと、むしろ鎌倉の手の中が無難でしょう」
「なるほど、そのようですな」
 青山(せいざん)先生は若者二人を夫婦だと思っているようだが栄西はあえて訂正はしなかった。

 部屋は中二階に一つだけある板の間で、臨安産の厚い絨毯が敷いてあった。衝立障子で二つに仕切られて、それぞれに寝具の用意がしてあり奥の方に行忠が寝かされた。医療所には詰め切りの伽人が幾人も住み込んでいるが、ちかは自分はそのために来ているのだと手伝いをことわり衝立の手前に座って入口の戸を閉めた。
 湯の入った、たらいが運ばれた。蒸した手拭いが十分に届けられた。しばらくして日は落ちて、部屋に明かりが灯されると、おも湯が土鍋に入って届けられた。忠行が、ちかに手伝われておも湯を食べ終わると青山(せいざん)先生が飲み薬をもって部屋にやってきた。
「これを飲めば気分がよくなる。よく眠れます」
「痛みも止まりますか」
「痛みどめではありませんが滋養にはなります」
「痛そうで息がしずらいようです」
「痛みは、体の神気をそこに集めるためです。なおすための必要なはたらきです」
「そうですか・・・、それと、朝から何も食べてはおりません」
「若いし、鍛えた体には力がある。この場合、二三日は食べない方がなおりが早い。それより、下の部屋で夕餉の用意ができております。栄西様もご一緒にと待っておいでです」

 ちかが栄西のところに行くと栄西は大きな食卓で書き物の手を休めて笑顔で迎えた。そばに先ほど、ちかと話をした武士が足をおって正座していた。
「腹がすきましたな。ご飯にしましょう。英彦山に書簡をしたためておりました」
 栄西は巻紙を封して表書きをした。武士に何やら話して手渡した。武士はそれを袱紗(ふくさ)につつみ懐(ふところ)にしまって一礼して後ずさり、ちかに黙礼して部屋を出た。三人分の簡素な食事が運ばれてきた。雑穀入りの玄米ご飯にイワシの干し魚、それに具のない吸い物だった。青山(せいざん)先生が入ってきた。
「お待たせしました。粗食ですがご一緒ください」
                                      平成二五年一〇月三一日