ブログを体験してみる

はてなダイアリーの創設時期からブログを体験してみようと書きはじめてながい年月が経過した。

昨日、エッセイ教室に「栄西と定秀と為朝」の続きを提出した。

抹茶をのむ場面から一変して斬り合いが始まった。

為朝もよわい五〇なかば、生き方を変えようと海に出たくなったかもしれない。

提出したのは、こんなだった。


為朝が二服めを飲み終え茶碗を膝前に置くのを見届けて、定秀は飲みかけたままだった自服の茶碗を飲み干した。茶釜から湯気がのぼって松風はけわしく鳴りはじめていた。定秀は水瓶から柄杓で三たび茶釜に水を注いだ。茶釜の音は静かになった。定秀は蓋置きに使っていた円形環状の駅鈴を右手にとって親指と人差し指に通して軽く振った。かろやかな澄んだ音色が転がるように聞こえた。腰障子が開いて、女が丁寧にお辞儀をして定秀の様子をうかがった。
「茶碗をしまってくだされ」
女は軽く頭を下げ部屋に入って障子をしめた。向き直って栄西の前に膝をにじらせ茶碗を手にとった。栄西はかすかに口元をゆるめ軽く頭を下げて女の手元をみた。そのとき栄西は部屋の外に物騒がしい気配を感じていた。為朝が静かに右膝を立て身を乗り出して大きな長い腕で女を引き寄せた。女は声も立てずに為朝の後ろの押し板の上におかれた。為朝は愛用の太刀を腰につけながら穏やかな眼差しで栄西を見た。
「頭をひくうして、こちらへおいでください」
すぐに剣戟の音が聞こえてきたが気合の声も怒号も聞こえなかった。定秀は前差しの横に、炭斗(すみとり)にあった鉄の火箸を差し込んだ。今から起きるであろうこのような修羅場はこれまで幾度も経験しているが背筋に冷たいものが流れるのを感じた。茶釜の蓋を取って火鉢から下ろし茶道口の前に置いた。茶道口の奥は幅が一間ほどの水屋があり勝手口から裏庭に出るようになっている。柄杓に水をくんで火鉢の赤い炭に静かにかける。灰が飛ばないように滴るようにかけた。それでも水は瞬時に蒸発してしばらくは灰を巻き上げた。
矢羽根の音とともに一筋の矢が竹格子の障子窓から飛んできた。矢が障子を破る音、茶道口の襖に小さな穴をあけて突き抜けていった音が同時に聞こえた。為朝はおもむろに竹格子の障子を開け放して外を見据えた。南面した庭の先に川面が光っている。外はすでに昼の日差しになっている。さらに矢羽根の音がした。為朝はすっと顔をそむけた。矢は顔をかすめて茶道口に二個目の穴を開けた。為朝はなおも外の様子を観ていた。
「矢は二方向からくるようだ。庭に太刀を使う賊が五人みえる。手練だな」
「早鐘が鳴らぬが、はしごを登る者が射られるのでしょう」
英彦山からの、みどもの家礼(けらい)が五人、添田から栄西様に従った武士が二人、それに、この屋敷に詰めておる武士は五人ほどだな」
「武士は五人ですが、得物を持てる者は他に五人ほどおります」
「そうか、敵の数も同じほどだろう。しかし、弓矢を止めねば、すでに二人が倒れておる。打って出るぞ」
為朝は鯉口を切って鍔に指をかけ腰障子の方を向いた。すぐ近くで刀を合わせる食い込むような鋼の音と、かわいた砂地を蹴る確かな足運びの音がした。それが、そのまま渡り廊下に上がってきて腰障子に影を作った。影は障子を大きく切り裂いた。切っ先が白く光った。同時に、その影にもう一つの影が絡まって板戸や壁に激しくぶっつかる。いずれが敵か味方かの区別はつかない。為朝は頃合を見定めて左肩を先にして閉まったままの障子越しに飛び出た。七尺もあるという大きな体が二つの影を一つにして弾き飛ばした。
定秀は前差しを鞘ごと抜いて女に手渡した。女は両手で受け取ってうなずいた。傍らの栄西は先ほどと変わらぬ様子で印を結び目を閉じていた。小柄な栄西は女と並んで押し板の上に座っている。桃の節句には早いが、雛(ひいな)飾りの紙人形のように動かない二人を見て定秀は目尻(まなじり)をさげた。
為朝は渡り廊下から庭に飛び降り、そのまま走りながら横一文字に鞘を払って一人を斬った。喉元を切られ仰向いた武者は血煙を残してゆっくり後ろに倒れていった。為朝は走りを止めず左に方向を変えた。二筋の矢が為朝の右肩をはずしていた。定秀はすぐ後に続いていた。水瓶の蓋と茶釜の蓋を左右の手に持っていた。次の矢をつがえようとしている敵の武者の顔が見える。定秀は茶釜の蓋を右手につまみ、大きく横に反動をつけて飛ばした。重い茶釜の蓋はほぼ水平に飛んで武者の顔面を直撃した。武者は矢を持ったままで座り込むように地面に崩れた。
定秀は水瓶の蓋を右手に持ち直してもう一人の弓を持つ武者を見た。落ち着いた涼しい眼差しでこちらを見据えて静かに右手の弦(つる)を絞ろうとしている。定秀は今ならまだこちらの土器の礫(つぶて)の方が早いと思ったが目の前で二人の敵を相手にしていた為朝の家来が手傷を受けているのに気づいていた。胴丸を着けているので深手はないようだが受け太刀の形勢は限界にきて、次の上段からの一撃には耐えられそうになかった。定秀は左手で腰に指している火箸を一本とった。手首をひねるようにして飛ばすとブンと唸った火箸は太刀を振り下ろそうと大きく両手を上げていた武者の顔の真ん中に突き刺さった。
定秀はすかさず右手に持っていた水瓶の蓋を腰を落としたままで振りかぶって投げた。蓋は少し放物線を描いて弓を持つ武者の胸元に当たった。それとほぼ同時に定秀の右肩には放たれた矢が刺さった。定秀は腰に残った鉄の火箸を右手に持って走った。途中、手負いの武者が片膝をついて定秀の腰を払ったが定秀は身をかわさないまま弓の武者に体ごと突き当たった。火箸が深々と胴丸を突き抜けた。若武者だった。苦痛の顔で力なく太刀を抜きかけたが定秀は難なく手の甲をおさえて太刀を奪った。その頃には屋敷の武士たちが駆けつけて、残った敵の武者たちを取り囲み追い詰めるように戦っていた。定秀の肩に刺さっていた矢は争ううちに抜け落ちて出血もさほどではなかった。切られた腰の傷も骨まで届くほどではなかった。若武者は胴丸越しに刺さった火箸を抜けずにうずくまっていた。定秀は、止め(とどめ)を刺さずに生かしておくように言い残して為朝の姿を追った。
時の流れを少し、もどさねばならない。栄西は押し板の上に足を組んで座り、手は軽く印を結んで目を閉じていた。女は傍らに端座して左手で鞘を、右手で柄を逆手に持っていたが、順手に持ち直して、ゆっくり白刃を抜き出した。定秀が茶釜の蓋を投げていた時と同じころであった。
水屋の勝手口の開く音がして、すぐに茶道口の襖が開いた。抜身の刃を上にした武者が踏み込もうとした。踏み込もうとしたが目の前の茶釜に気づいた。出しかけた右足がためらうようにみえたとき勝手口の方で大きな物音とともに、けたたましい叫び声が聞こえた。
勝手口のある北側に回り込んだ為朝が建物の角を曲がりざまに賊の一人の脇腹を突き刺していた。武芸をつんだ武士だろうが予測しない不意なできごとに仰天した叫びだった。為朝の太刀は武者の胴丸を突き抜け鍔元の近くまで入っていた。為朝が太刀を引き抜くと事切れたた体は崩れ落ちた。すかさず為朝の太刀は次の武者の胸元を突き刺した。仲間の叫びを聞いて次に自分が刺されるまで、まったく体を動かす隙もない一瞬だった。三人ほどの武者が為朝を囲んで正眼に構えていたが打ち込む気配もなく間合いを詰めることもなかった。
為朝は太刀を無造作におろして勝手口に顔を向けた。勝手口は沓脱ぎ石があり床が二尺ほど高くなっていた。昼間の明るい日差しからは暗い水屋の中の様子はわからないが為朝は沓脱ぎ石をまたいで左足から構わずはいっていった。抜き身の太刀を振り回す広さはない。中には三人の武者がいた。勝手口に近い武者は左足を一歩ひいて太刀を切り上げたが為朝はかわした。切り上げた切っ先は低い天井に当たって音をたてた。為朝は太刀の物打の棟に左手あて、切り上げてきた武者の顔に当てて引っ掻くように切り下げ、さらに喉元を軽くさした。首の血筋から鮮血が吹き出したのが黒く見えた。一瞬のできごとだった。為朝は左手を棟にあてたまま体を沈めて下段に構えた。
次の武者は水屋の奥にいた。右足を大きく踏み出して太刀を両手で突き出してきた。為朝は半身、左に開いて、剣先をかわしながら右足をだして相手に寄り添うようにした。為朝の太刀はぴたりとついた二人の体のあいだにあった。為朝は体を右に回した。切っ先が武者の左脇下を深く切り裂いた。
茶道口にいた武者はひと繋がりの様子を気の抜けたように見ていた。思わず後ずさりして左足が茶釜にあたった。茶釜が転び武者の足がもつれた。武者は後ろ向きにひっくり返って火鉢に首筋を打ちつけた。茶釜の湯が畳に流れて湯気がたった。武者の頭は火鉢の中にあった。女は前差しの刃を返して上に向け、柄頭を胸元につけて左手で袂を絞って右膝を立てた。火鉢の炭火は先ほど定秀が水をかけて消してあるが唐金の重い火鉢はまだ手がつけられないほど熱かった。武者は動かなかった。右手の太刀が手から離れて落ちた。為朝が一足部屋に入ってその様子を見ている。その後ろの茶道口から定秀の顔ものぞいていた。栄西は変わらずに薄目を閉じて座っている。武者は右肘を引いて体を少し起こして頭をうかしたが叶わず再び頭は火鉢に打ちつけるように落ちた。女の体が動いた。前差しを鞘に収めて膝横に置くと武者の体を抱きかかえて火鉢から離した。女の右手に血糊がぬらりとついた。武者がうつろな眼差しで女を見て、落とした太刀をさがそうとした。
栄西は半眼のまま武者の顔をしずかに見た。悲しげであった。
「もうよい。戦はおわった」
武者は観念するように目を閉じた。大きな穴があいてほとんど形をなさない腰障子の入口には片膝を付いた味方の武士の姿が数人見える。入口の前にいる者は太刀を持つ手を体の後ろに回してかしこまっている。あたりは静かになっていた。
「大友の手のようだな」
為朝の口がゆるんで懐紙を取り出した。太刀を丁寧に拭っている。突然、早鐘が鳴りだした。片膝を付いた武士が音の方を向いた。笑顔から白い歯がのぞいた。
 
                  平成二五年五月三十一日、提出