先日の日曜日、久しぶりに久保白で居合の斬試会があった。
一眼レフを忘れていた。斬試の写真はあまり撮れなかった。
刀を曲げる人が5人ほどもいた。
曲げた人の刀を木の股ではさんで修正していた。
マイク先生が通りを検分している。
巻き藁の数が十分だった。斬試会が長くなった。
反省会をかねてバーベキューは炭鉱の盛んなころの鉄板焼き。
宴がすすむと宗家から柳生宗矩と沢庵禅師の話がでた。
なんとも、不思議な気がした。
先日のエッセイ教室に提出した僕の原稿にも
柳生宗矩と沢庵禅師の話がでてきていた。
宗家は不動智神妙録を読んでください。と言っておられた。
それで、僕の小説の原稿はなんとも、宗家の話と重複するのがおもしろい。
貝原益軒を書こう 四十八 中村克博
夜が明ける前に根岸は、よねに見送られて船に戻った。船方たちはまだ眠っていたがすぐに舫いをといて岸を離れた。風はなかった。艫櫓だけを使い流れにまかせて桂川を下った。東の空が白みはじめると根岸は屋敷の奉公人が運んでくれた荷物の柳行李を開いた。その中から竹籠を取り出した。船方たちの前に置いて「握り飯です。一緒にどうです」と言って、かぶせ蓋を開くとまだ温かく湯気が立っていた。根岸は船方たちみんなにすすめて自分もほおばった。
今ごろ佳代殿はどうしているだろうと思った。疲れもとれて元気になっただろう。およねさんと朝餉を食べながら置いてきぼりになったことを悲しんでいるだろう。それを知らせてくれなかったおよねさんをなじっているだろうか。早く京都に帰って宗州殿を安心させてやればいい。親が望む縁組がうまく成就すればいい。などと考えていた。
大坂城の天守が朝日に照らされるころ八軒屋の船着き場についた。指定されている船宿はすぐ近くで蔀戸が跳ね上げられて人が通りを掃いている。船方が二人で根岸の荷物を運んでくれた。
部屋に案内されて茶を飲んでいると中年の手代が宿帳をもって来た。根岸は記帳を断り代わりに名前を告げると了解して部屋をさがった。入れ代わりに番頭がやって来た。事情を理解していて丁寧な挨拶のあと、とある武士が昨日から根岸を待っていることを伝えた。すぐさま先方に根岸到着を伝えるのでしばらく待つように話して、番頭は根岸を庭の奥にある離れに通した。
障子を開けると温かい日差しがはいってきた。庭をはさんで向かいの部屋とのあいだに数本の立ち木が目隠しになるように枝を張っているが不自然ではない。枝を小鳥たちが飛び跳ねてチッチ、チッチと鳴き声が聞こえる。根岸は横になって肘を立てて頭をのせた。日差しが気持ちよかった。薄く目をとじるとおよねさんが浮かんだ。そぐにそれが佳代殿の怒ったふくれっ面にかわった。口をとがらせて何やら文句を言っている。根岸は目をつむったまま笑顔になった。
うつらうつらしていると、庭をわたってくる足音がした。番頭のようだ。体を起こした。番頭は根岸のいる縁側にまわって辞儀をした。先方のお侍がおとずれるのは夕刻になるとの伝言だった。根岸は了解して、ならばしばしまどろむとするか、とまた横になった。目をつむると、伏見で別れた鴨神社にゆかりのある公家の女人のことが思い出された。不思議な女人だ。いまだにどうなっているのか訳が分からない。それでも安全な居場所にもどって良かったと思う。もう会うこともないだろう。
そういえば、貝原殿は、久兵衛はどうしているのだろう。思えば京の黒田屋敷で別れて、そのあくる日、鴨川の舟遊びを襲われたのだが、あれからほんの二日しか経っていないのに、もう長いこと会っていないような気がする。
うつろな頭で出来事を思いめぐらしていると庭を女の足音が近づいてくる。薄目を開けると女は二人でそれぞれに荷物を持っている。表の玄関から声をかけて入ってきた。二人ともまだあどけない娘で火桶に火を入れるらしい。種火を入れ炭をくわえ火吹き竹で息を吹き込んでいる。もう一人は持参した鉄瓶から湯をそそいで茶をいれている。根岸は陽だまりの中からそのようすを見ていた。遠くで正午の鐘が聞こえてきた。娘がお盆を持って根岸の前に座った。
根岸は軽く頭を下げて、
「うまそうですね。ありがたい」といった。
娘ははにかむような笑顔で、
「みたらし団子どす。鐘が九つ鳴るとおなかがすきますやろ」と言ってくすっと笑った。
そのころ、京の久兵衛も午の鐘を聞いていた。講習堂で松永尺五と対談していたがこちらは近くの鐘がうるさいほど鳴り響いた。
尺五が座卓の本を閉じながら、
「昼のお茶にしますかな」と久兵衛をうながして先に立って部屋を出た。
庭から日がさす廊下を突き当たりまで歩くと閉まった襖のそばに行儀見習いだろう身なりのいい娘がうつむき加減に手を前に重ねて立っていた。座って襖を開いて二人を通した。部屋は茶室ではないが八畳の部屋で床の間があり隅に置かれた炉の茶釜から湯気がでていた。水差しや建水など道具の用意もしてあった。尺五が風炉の前に座って久兵衛は床を右手にして座った。
尺五が茶碗に茶をいれて湯をそそぐ、
「先ほどの本の話はあれまでにして全巻を進呈しましょう」
久兵衛は茶菓子を取る手をとめて、
「それはありがとうございます。貞観政要、聞いたことはありますが触れたのは初めてです。読むだけでもたいそうな日月がかかりそうです」
尺五は点てた茶を客つきに置いた。
「全十巻のものを私が抜粋要約して三冊の綴じ本にしたものです」
先ほどの娘がしずしず近づいて茶碗をとって久兵衛の前に置いた。久兵衛は一礼して手に取った。
「講習堂では朱子学のことを、幕府は大名家や武士の倫理としてどのような考えで朱子学を広めようとするのかを知りたくてまいったのですが、貞観政要をまずおすすめになるのですね」
尺五は自服の茶を点てながら、
「そのあと柳生宗矩公の書かれた兵法家伝書を読まねばなりますまいな。それに不動智神妙録、これは兵法家伝書よりも手に入りにくい。沢庵禅師が書かれた御本で剣法と禅の一致が説かれております」
久兵衛はまだ口をつけていない茶碗をもったまま、
「文武から文治の御政道に変わろうとしての朱子学かと思っておりましたが」
「はは、そうでありましょうが、まずは東照大権現様。さらに家光公が何を考えておられたかを知らねばなりますまい」
令和三年十二月十六日