ブログを体験してみる

はてなダイアリーの創設時期からブログを体験してみようと書きはじめてながい年月が経過した。

昨日はエッセー教室だった。

晴れ間はあるが、寒いのか暖かいのかわからない陽気だ。
体の節々に違和感があった。左の足が痺れているようだった。


提出した原稿は、

アテナの銀貨                   中村克博


そのとき天幕の入口に人影が来て行文がそっと席を外した。
行文は船尾楼の甲板を下り船端に立って下を見ていた。月明かりのない暗い海面に聖福寺船から一櫓漕ぎの小舟が近づき接舷するところだった。禅僧が二人縄梯子を伝って来た。
 行文は笑顔で迎えて、
「久しぶりで、ございます」
「風もよく何事もなく…。朝廷からの使いが見えられたようですね」
「はい、先ほどから話が続いております」
「明日のひる前であろうと思っておりましたが、夜分にお越しになるとは」
「うろたえました、このこと、聖福寺様には、事前にはお分りで…」
「はい、前の日にお渡しするようにとの立文を預かっておりました」
「それでは文の手渡しが遅れましたね。お待ちください、お伝えしてまいります」
 行文は天幕に入り腰をかがめて為朝のそばまで屈行した。面前まで来ると片膝を突き聖福寺の僧が、やって来たことを告げた。聞いていた為朝は笑顔になり、行文に何やら指図したようであった。
 為朝が四人の賓客にむかって、
「御用向きのお勤めは終わったであろう。これよりは気をゆるめて輪になって話そうではないか、月もまだ出ておらぬ、ゆっくるりして帰られよ」

みなが今まで座っていた床几が片づけられ灯台が中央にもどされた。そこに二人の禅僧もくわわり一同は灯台のまわりに車座になって座りなおした。席を外していた五人の巫女が木の盆をそれぞれの席に運んだ。盆には干し鮑と梅干がのっていた。灯りは天幕の四隅の柱にも吊り灯篭が灯してあり、巫女たちが動きまわると流れる灯明の暗い影が神楽を舞っているようでもあった。
為朝の持つ大きな杯に月読の女宮司が瓶子から白い酒をトクトクと注いだ。まず為朝が口をつけ、それを四人の使いが次々と口にして杯を回していった。
その大きな杯が車座を一順したあと、今度は五人の巫女がそれぞれに小さな杯を配り長柄銚子の酒を注いでまわった。まず最初に巫女が朝廷の賓客にそそいだ。もう一人の巫女が為朝から丁国安、その妻タエ、兵衛と同じように長柄銚子から酒を注いでまわった。禅僧にも注ごうとしたが先ほどと同じく二人は辞退した。
船尾楼の甲板から海に張りだして、かがり火が焚かれている。炎の中から大きくはじける音がして燃える薪が崩れた。火の粉が海に落ちていった。
立文を開封して、目を細め手を伸ばし加減に書面を見ていた為朝が、
栄西禅師は為朝が参内することを望んでおいでのようだな」と言った。
 文官の一人が杯を両手に持って、
「そうでございますか、それは心強い」
 丁国安の妻、タエが嬉しそうに、
「それでは、私もお供してっと…、京はまだ見たことがありません」
「これ、まだ何も決まってはおりませんぞ」と亭主が言った。
 武官の一人が、
「京の町や通りには、それぞれの家や寺から武士が警護に出ておりますが、それが、いさかいますと検非違使の手にはあまります」と言って巫女の酌を受け頭を下げた。
 巫女はひざまずいたまま、ほほえんで武官の顔を見つめ、長柄銚子を少し持ち上げる仕草をして杯を空けるようにうながした。武官は杯をあおり顔をほんのり赤らめた。
 そのありさまを見ていた隣りの武官が為朝に向きなおり、
「われら北面の諸大夫と家人の武士たち、さらに、これから動員される西面の武士を統帥する総大将を切に望んでおります」と少しばかり声音をたかめた。
巫女は長柄銚子をささげた姿勢で、その場を動かずに話をつづける武官を見ていた。
 為朝は話を聞いていたが杯を手にしたまま何も言わない。
さらに武官は両手を太腿に押しつけ背を伸ばして、
「それで、朝廷に立派な大将がおわせませば都はおさまりがつきます。差配されれば我ら身命を賭して、家門のほまれを汚しはいたしません」
 話し終えた武官の右手の杯から白い酒がこぼれていた。
 為朝は杯を口にはこびながら、優しそうな眼差しで二度ほどうなずいた。為朝の頷きを武官は合意と解釈した。女宮司はこの仕草は為朝の詮無い気持ちの表れだと知っていた。
 巫女はこぼれた杯には酒を注がず、五人の巫女たちと連れ立って天幕から下がって行った。しばらくして巫女たちが戻って来ると籠にいっぱいの菓子を持っていた。
丁国安が籠をのぞいて、
「わしは、これが好物でしてな」と顔をほころばせた。
「ほう、これはアラビアの菓子ですな」と兵衛がいった。
「アラビアのですか、めずらしや」と文官が手に持ってながめた。
 巫女たちが、先ほど、みんなが白酒を飲んだ杯を瑠璃の器と取り替えていった。その後を、取っ手の付いた壺を持つ巫女がアラビアの酒を注いでまわった。
為朝の横に座っている文官は、その酒の色を見て驚いたように巫女を見た。次の文官は「おう、なんという…」と声を出した。赤い葡萄酒だった。中央の灯台の明りに照らしてみると瑠璃の中でアラビアの酒は赤黒く透けて見えていた。
「これは、話に聞いたことはありますが、葡萄酒ですか」と文官が言った。
 巫女は、ほほえんでいたが、こたえなかった。隣の武官に目をあわせて立ちあがり、そちらに
移動した。赤い酒を注いだ。
 月読の女宮司が文官の方を見て、
「アラビアから運ばれてきた葡萄酒です。私も初めていただきます」
「そうですか、甘いような酸っぱい、不思議なお味で…」文官は飲み干した。
 月読の女宮司が顔を武官の方に向けて、
「夕餉がまだではありませんのか、空腹でのお酒はよくまわりましょう」
 両手で、いただくように飲み干した武官が、
「は、はい、五臓六腑にしみるようです」と笑った。
「アラビアの菓子をめしあがりください。やわらぎますよ」
 武官は頭を下げて応え、酒の器を膝元に置いて菓子に手を伸ばした。
 丁国安が右手に葡萄酒を、左手にアラビアの菓子を持って、
「この菓子は、小麦を薄く伸ばして、いくつも重ね、ハチ蜜と木の実を練ったものを、それで包み、石釜で焼き上げたものです」と言ってパクリと口にいれた。
 武官は、うなずいて頭を下げ、右手に左手をそえるように口にはこんだ。
 
 文官の一人が、為朝に一礼して、
「こたび、出立が整いますれば、都にお上がりくださいますか」
 言い終えると、呼吸が止まったように顔を赤らめていた。為朝は膝の上に瑠璃の器を持ったまま何も言わない。葡萄酒の酌を終えた巫女たちが天幕を下がっていった。
 月読の女宮司が文官を見て、
「朝廷は、都が一日も早く安らかになることをお望みでしょう」 
「はっ、それを、かなえるのが臣下のつとめかと…」
月読の女宮司が外のかがり火を見ながら、
「鎌倉が朝廷を、ないがしろにすることは、ありますまいが、このままでは国が東と西に分かれてしまいそうで…」と為朝を見た。
 もう一人の文官が、
「勅命がでれば、畿内、西国からも荘園の武士や兵卒が大勢かけつけるものと思います」
 丁国安が食べかけの菓子を盆にもどして、
「お言葉ながら、西国の九州におきましては守護職である武藤、大友、島津など鎌倉の御家人鎮西奉行として地歩を固めており、有力な豪族と姻戚の関わりもすすんでおります」
丁国安の妻、タエが為朝に一礼して、
「私の実家は治承・寿永の乱には、白山に城を構えて宗像地方を支配しておりましたが、平家が滅んだいま、鎌倉から筑前宗像大社宮司に任じられ今では御家人です」
丁国安が背筋を伸ばして、
「また、鎌倉軍兵の後ろ盾がある聖福寺が交易と流通に尽力するおかげで、我ら博多に住まいする南宋の者たちは船の往来にも安堵しておれます」と兵衛の顔をのぞいた。
兵衛は両手を膝において、二人の武官を見ていた。兵衛から正面の灯台の向こうにいる文官の表情は逆光で見えにくいが、その左側にみえる武官の顔はよく見えていた。
 二人の武官は為朝に顔を向けていたが、丁国安の話が終わると二人して兵衛の方を向いた。兵衛はかるく口を閉じて何も言わない。手を伸ばして瑠璃の器を口にはこんだ。

 丁国安の妻、タエが、
栄西禅師様はいかなるご存念でありましょうか…」と二人の禅僧を見た。
 朝廷の使者も、車座のみんなが聖福寺の二人の僧に注目した。
 僧の一人が姿勢をただして、
「禅師は朝廷を中心に国が治まることを願っておられます。国が二分することも乱がおきることも望んではおられません」
「でも、頼朝様の叔父にあたる殿御が京で兵を集めては鎌倉が騒ぎませんか」
「武力のない権威はあなどられます。勝る戦力の裏付けがあれば逆らうことの不利を悟り、むしろ、乱が避けられます」と、もう一人の僧がこたえた。
「このままでは勢力はますます東にうつり、日を追うほどに京は痩せ細ります」
「でも、いま九州で兵の動員はかないますまい、もし、それをやれば、またも源平のような争乱になりませんか」
「その、いずれの場合でも朝廷に名将がおれば見込みの立たない暴走は抑えられます」
「そう、そうですか…、そうなのですね」とタエは妙に納得したようだ。
 月読の女宮司が、
「よかった、よかった。みんなで京にまいりましょう」と為朝を見た。
                               平成二十八年二月一七日