ブログを体験してみる

はてなダイアリーの創設時期からブログを体験してみようと書きはじめてながい年月が経過した。

エッセイ教室の初日だった。


提出した原稿はこんなだった。

      害獣避けの金網と中にいる村人             中村克博


 正月の三日、散歩の帰り道、並んで歩く連れの人との影が長く伸びて、背中に当たる夕日が温かかった。青い空を遠く見渡しても薄雲すらなかった。近くの山の木が輝いていた。うしろから声がした。ふり向くと目の前に太陽が眩しく誰だかわからない。足をとめ両手で日をかざして頭をさげた。
 逆光から足早に近づいてきた人が、
「こんにちは、久しぶりですね」
 横に来ると顔見知りのおばあさんだった。
ニコニコしているが、急いだせいか声がはずんでいる。
「あ、明けまして、今年もよろしくお願いします」
妻と二人いっしょに挨拶した。僕はおばあさんの歩く速さに合わせて少し歩調を早くした。
「わたしゃ、足の骨を折りましてね」
「足をですか、どこをですか」
「ここですたい」と右の大腿部を歩きながらさすっている。
「そら、たいへんでしたね」
 歩きながら足を折ったときの様子や病院での手術の話から、リハビリ中のいま、どんな運動をしているかの説明がしばらく続いた。
「とにかく、歩かないかんとです。動かさんと縮むとです」
「そうですね。動かせば回復しますよね」
 それにしても、おばあさん、以前より動きが活発になったようだが、と思った。これまで、ずっと健康で年とともに運動量が少なくなって徐々に老いていった農家のおばあさんだが、足の骨を折ったことでリハビリに取り組んだ。心機一転、運動量が増え、散歩に出かけ村の隅まで歩いて人との挨拶も多くなったようだ。
「ここ数年、イノシシがふえましたね」
 僕は、散歩道の左右に延々と張り巡らされた害獣避けの金網を見て言った。
「そうですたい、近ごろはイノシシよりシカが多なってですな」
「ほう、シカが、ですか、声は聞くけど姿は見ませんが」
「昨日も、この先で二頭獲れましたと」
「そうですか、檻に入ったとですか」
「いや、シカは足罠ですと」
 イノシシを獲る檻を箱罠と言い、シカを獲る足罠をくくり罠と言うらしいが、ここでは檻とか足罠とか言うようだ。もちろん、どちらの罠でもイノシシもシカも掛かると思うのだが…
「イノシシよりシカの方が旨かですたい」
「そうなんですか」

 数年前、飼い犬のグリュックが元気がったころ朝の散歩で、このおばあさんの家の前を通ると、おじいさんが出て来てイノシシの肉の大きな塊を新聞紙に包んで手渡してくれた。猪が獲れるたびにいただいて、どうして食べたらいいのか分からないのに閉口したものだ。そのころの出来事だが、早朝にグリュックと散歩していたら携帯が鳴りだした。このおじいさんからだった。いま大きなイノシシが獲れたので見に来いという。急いでグリュックと一緒に現場にかけつけたら誰もいない。大きな鉄の檻の中に、身動き出来ないほど大きなイノシシがおとなしくしていた。誰もいないので不思議だったが、しばらく待っていた。
 グリュックは檻のまわりを嗅ぎまわっていた。イノシシは思い出したようにグリュックに頭突きをした。そのたびに檻が音をたてて揺れた。そのうちにグリュックはイノシシの前で足を止め、イノシシの顔を見つめてしばらく動かなくなった。グリュックが用心しながらイノシシに近づいた。金網ごしに二頭の鼻息が互いに届くほどになった。イノシシが小さな音を鼻からだした。グルックは顔を近づけて何か聞き取ろうとするようだった。イノシシはさらに鼻から小さな音をだした。
 僕は、二頭の会話が聞こえるようだった。
 イノシシが、
「ドウニカシテモラエンダロウカ」と言った。
「それは無理だ、できないよ…」と、グリュックが言った。
「ソウカ、デキナイヨナ…」と、檻の中からつぶやいた。
 軽トラックの近づく音がして三人ほど農家の人がやって来た。猪を屠殺する手伝いの人と道具を持ってきたようだ。朝日が山から出て明るくなった。猪を逆さに吊るす作業が始まった。足場板を半分檻に差し込むとそれを猪が頭突きで跳ね飛ばす。用心がいる作業だ。檻を板で仕切ると広い方にもがき出る。行ったり来たり、長い時間がかかった。驚いたことに、それを見ていたグリュックがいきなりイノシシの尻に咬みついた。立場を明確にしたのだろう。猪の最後の抵抗が始まったが結果は決まっている。仕切りで隅に閉じ込められて後ろ足をワイヤーできつく縛られた。体力が尽きたのか、もうこれまでと諦めたのか地面に倒れ込んだ。
農家の人も畑の作物を守らねばならない。互いに生きるためなのだが凄惨だ。丹精した畑を荒らされる農家にも生活がかかっている。猪も食べ物の無い冬は山から出てくる。生きるためだ。目をそむけたくなるが見るべきだと思った。昔のように犬を放し飼いにしていれば猪も鹿も猿も山から出ては来ないだろが…
昔は人が行かない山奥の谷の沢にもコンビニ弁当持ってスニーカーで行けるようになった。山のあちこちに自動車道路が通って山奥の森の中にも簡単に行ける。Webを見れば、お天気は一週間先まで分かって竜王山で雨乞いの必要もない。人から山や森への畏れも霊妙さも消えて神と一緒にイノシシは山里に下りてくる。神様もイノシシも人間界との住み分けができない。後で写真を見て分かったのだが、イノシシがこちらを見ている目が、何とも言いようがなかった。
平成二十九年一月四日