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はてなダイアリーの創設時期からブログを体験してみようと書きはじめてながい年月が経過した。

プラーナーヤーマについてレポートを出す期限が来た。

ほぼ1年前に同じテーマで書いたので今度で2度目のプラーナーヤーマ・レポートになる。しかし、いまだにプラーナーヤーマについては言葉の意味でしか理解できていない。意味は分かるが体感はまだ良くできていないのだ。
 

言葉の意味を簡単に確認するなら、プラーナとはインド哲学でいう宇宙にみなぎる生命力としての気であり、ヒンドゥー教の経典にも同じ呼び名の古い物語がある。また単数形では息、生命、活力、エネルギー、力という意味になる。複数形で使われると生命エネルギーの一形態、エネルギーの流れのことになる。アーヤーマとは伸ばす、拡張、長さ、幅、規則的、コントロールという意味である。つまり、プラーナーヤーマとは呼吸を長くし、コントロールすると言う意味になる。
プラーナーヤーマについての理論的な研究は100年も前からイギリスの学者やジャーナリストによる出版物が沢山ある。近年はインド人のヨガ行者自身が書いたとされる学術的なものもある。さらには西洋医学の見地からの研究も始まって、すでに臨床に取り入れている医療機関もあるらしい。しかし、いくら本を読んでも体が理解したのとは違う。難しい本を読めば読むほどに体験が遠のくようで、いまだに訳が分からんことが、解った。


それでも、僕の自覚できているささやかなプラーナーヤーマについて書いてみよう。
意識して、息をゆっくり吐く。まず胸の中の空気を全部出す。さらに続けてお腹の中に残っている空気を全部吐き出す。そして、さらに奥の方に残っている空気も、お腹を絞って徹底して押し出す。
2年ほどの間いつもやっていると35秒ほどかけてゆっくり吐くようになった。その後クンバカして息を止めておく5秒ほど、10秒もすると目の前が暗くなる。苦しい。
吸う息は、ほっておいても勝手に吸い込んでいるが、やはり意識してゆっくりするようにしている。10秒ほどかけたいが、8秒ほどで腹いっぱい吸っている。吸い終わったらクンバカして肩甲骨あたりの脊椎を前に押し出すようにする。この時も、時々目の前が暗くなる。頭がくらくらする時がある。
これで確認できることは、普段の呼吸では肺の許容量の5%ほど、たぶん10%までは空気が入れ替わっていないだろうと思う。常によどんだ空気が肺の中にあるということになる。奥の方の古い空気は害があるかもしれない、と思うようになった。
それに空気をいっぱい吸い、クンバカして背骨を前に押し出すのは肋骨を押し広げることになる。以前は、不用意に深呼吸すると肩が上がって首がめり込んでしまっていたが、クンバカして背骨を押し出すやり方だと肩が下がって首が伸びることになる。肋骨は押し広げ同時に閉めなければならない。開いてはいけない。分かりにくいが「肛門を閉めろ」と解釈している。ずいぶん前から奥中先生に指摘されていたことが最近理解できた。


プラーナーヤーマは肩こりを解消させる。このような面倒な文章を長い時間キーボードで打っていると肩や首がこわばってくる。そんな時に指先で肩の凝っている部分を触ると筋肉が丸く盛り上がっているところがある。今までならそこをゴリゴリと押したり揉んだりしていたが、それではうっ血は取れても筋肉の組織を傷めて別の障害をおこすようだ。プラーナーヤーマでやれば軽く指先を当てておくだけでいい。ゆっくり息を吸って、ゆっくり息を出す。この時は吸う息は5秒ほど、吐く息は15秒ほど、クンバカはしない。しばらくやっていると硬くなっていた筋肉が柔らかくなる。こんな事も最近では不思議でなくなっている。このことは理論的にはずいぶん昔から知っていたが出来なかった。出来るようになったのは何故かわからないが、たぶんアーサナが少し出来るようになったからだと思う。体に気が循環できている証だと思う。ありがたいことだ。


それと、これはプラーナーヤーマと関連があるのか、どうかわからないが・・
食べ物の好みが変わってきたようだ。玄米を3度食べるのが基本になっている。朝は果物と野菜だけのときも多い。トマトにきゅうり、キャベツににんじん。バナナ、志賀島の甘夏、イチゴにメロンは高価なので普段食べない。水分は生の食物からとるのがいいようだ。朝の散歩にきゅうりを2本、持って出かけるのはいい考えだ。考えと言うより、いつからか手にしているようになっていた。そういえば、あまり考えないようになった。
顕著なことは、牛や豚の肉は以前ほど欲しくなくなった。それらよりも魚が多くなった。最近鶏肉も食べるようになった。バターは変わらず今も良く使う。パンには大きな塊をのせてトーストするし蜂蜜をたっぷりかけるのも昔のままだ。飲み物を買うことはビール以外ほとんど無い。水分補給は主に井戸水を生で飲んでいる。


プラーナーヤーマはいろんな行法があって、かなり複雑で難解なものも多い。僕がかじっている体験はホンの入り口のところだ。到底全部は出来ないだろうし、体が何となく理解できるのもまず無理だろう。気軽に習得できるようなものではない。まさに修行、求道練磨なのだ。しかもその結果、やれば誰でも出来るものでもないようだ。
今僕がやっているのも間違っていると思われることもある。特に息が苦しくなるようなことや、まして、目の前が暗くなったり、頭がくらくらするなど、とんでもないことで危険だと思う。第一に、もっとアサーナを習得しないと危険なのだ。
気が滞りなく流れていない部分があると、そこに気がこもるらしい。それは、気を入れるのが出来ても神経や臓器を傷つけることになる。気が多いほど危険だ。水路が曲がっていたり詰まっていては大量の水が流れるとどうなるか・・


以上が今日提出した再履修のレポート・・