ブログを体験してみる

はてなダイアリーの創設時期からブログを体験してみようと書きはじめてながい年月が経過した。

貝原益軒を書こう 八十一

貝原益軒を書こう 八十一            中村克博

 久兵衛は尺五堂の奥まった座敷にいた。松永尺五を前に久兵衛と佐那それともう一人の若い武士がいた。座敷の障子は開かれて少し傾いた西の日差しが廊下を照らしていた。庭の木々の枝先に新しい若葉が風にゆれていた。

 久兵衛が若い武士の話を聞きながら畳の上に置かれた茶托から湯呑をとったが空になっているのに気づいてそっともどした。

 若い武士はうちとけた話しぶりで、

「ですから、われら旗本五千家で役目のない子弟は暇を持て余しておるものが多いのです。私のように京に留学できるのはまれです」

 両手の湯呑を膝の上においている佐那が、

「お役目のないことはつらいのでしょうね。戦のない世はありがたいのですが・・・」

 若い武士が頭をかるく上下して、

「そうです。数百年、代々、戦をするために武術を鍛錬して兵略を学んで実戦に備ておるのが使命だったものが、突然に生きていくための支えがなくなったのです」

 久兵衛が話題をそらすように、

「幕府がすすめる朱子学の奨励は、戦士としての武士の生きかたを戦のない時世にあうように、考えの基本を示し、ひろめるのでしょうか・・・」

 若い武士が頭をひねって、

「しかし、生きる道理をいくら言葉で学んでも実際にやることがなくては・・・」

 佐那がみんなに問うように、

「徳川家がすべての大名家を従えるのは朝廷の将軍としてです。太閤様は朝廷の関白太政大臣として日本の国を治めました。その前の源氏も平氏も朝廷に直属する軍です。朝廷は幾世代も戦やまつりごとにも関与しませんが、いまだに隠然とした力があるのはどうしてですか・・・」

 若い武士が困った顔をして、

「朝廷の五摂家など代々どのようにされているか私はわかりませんが、閑人の武士が歌舞伎や能の囃子の稽古をしたり茶道や歌にうつつを抜かしておっては・・・」

 久兵衛が同意するように、

「私のように親の代から黒田家の祐筆の役職をついで藩の経世につとめるものは戦がない世にも役割は多い。ありがたいことです」

 若い武士が尺五にうったえるように、

「武士が戦の心構えがなくなり幾世代も時代が過ぎれば国の戦力は衰えるのではありませんか・・・ 元寇のおり鎌倉武士は強かった。信長公や太閤様のころスペインやポルトガルは我が国の圧倒する戦力と豊かさを知って手出しできなかった。平和に浸り戦に備えなければ武術も戦術も兵器の進展もありません」

尺五が少し間をおいて、

「そうですね。言われることはもっともです。それで、久松様、貴殿はどのように考えておられる。大身の武家の役目のない若者にどのような生きがいを、戦をすれば兵は鍛えられ兵器も運用も進化するが、そのためにはどうするのですか」

 久松様と呼ばれた若い武士は、

「世相の問題はいろいろと指摘できますが、解決策は思い当たりません。その手立てを考えるために京に参ったのだと存じます」

 尺五は苦笑いをこらえて、

「そうですね、いま久松様は熊沢蕃山の所論を調べておられますね。幕府の施策とは正反対の考えもあり、幕府は困っておるようです」

 夕日が部屋の中に差し込んでいた。風が強くなったようだ。商家の行儀見習いの娘が二人で茶のおかわりを運んできた。

 若い武士は新しい湯呑を手に取って、

「そうです。なかでも蕃山先生の武士土着の考えは参勤交代や大名家の江戸定住に反対することになります。そもそも朱子学を批判する陽明学の信奉者です」

 

 そのころ根岸は京都所司代から派遣された役人の案内で、とある民家の納屋にいた。長らく誰も住んでいない古びた建物だがゴミなどはなく閑静としていた。陽が傾くと寒くなってきた。辻斬りを待って同じ場所で張り込み数日になる。

 根岸が案内の役人に声をかけた。

「今日で三日目だが、なぜここが次の現場になると思うのだ」

 役人の一人が小さな声でこたえた。

「私はこのお役目をいただいて半年です。いろんな調査をしましたが、ただ、感です」

 もう一人の役人が、

「出たようです。囮の老人が立ち止まりました」

 根岸はすでに襷をかけていた。素早く外に飛び出した。三人いる役人は納屋にとどまっていた。

根岸はゆっくり老人の前に出た。老人は姿をけした。根岸の前に武士がいる。その後ろにもう一人いた。二人とも大柄で端正な容姿で身拵えもよかった。

 目の前の武士が立ち止まった。根岸はゆっくり歩をすすめる。目の前の武士が抜刀して脇構えになった。柄頭を正面に切っ先を後に刀身は少し下がって見えない。根岸は刀を差したまま左の親指を鍔にあてていた。間合いが二間を切るころ脇構えの刀を頭上に引き上げ踏み出した。根岸の首筋に一撃がはしった。それを根岸は半身でかわし刀を横に抜きはらった。手首を返して柄頭を頭上に引き上げ体を沈めるように斬った。脳天から二つに割られた武士はその場に崩れ落ちた。

 次の武士が正眼に構えていた。根岸の剣の技量をまのあたりにして自分では到底かなわないと観念していた。根岸は右足を前に正眼から下段にゆっくりと切っ先を下した。相手の武士は正眼から八双に変えて構えた。根岸は半眼にして動かない。

根岸の左手が柄から離れ左足を前に右足と並んだ。両手は肩から自然に下がって切先は右手の地面をさしている。隙を作る誘いだが、相手の武士がその意図を見抜いてるのが根岸にわかった。覚悟の上だろう、八双から上段に振りかぶり根岸の頭上に斬りこんだ。同時に根岸は刃を上向きにして喉に突き出した。剣先が後頭から出ていた。丹精な顔がそのままおだやかな目を開いていた。古びた納屋から役人が出てきた。冷たい風が吹いていた。夕日はいつまでも西の空から沈まなかった。

令和六年五月十六日