ブログを体験してみる

はてなダイアリーの創設時期からブログを体験してみようと書きはじめてながい年月が経過した。

今日のエッセイ教室に提出した拙稿はこんなだった。


「きこり」                  中村克博 23.9.2

住まいしている八木山の杉やヒノキの山の中からチェーンソーのエンジン音が聞えだしたのは今年の冬が終わる頃でまだ寒かった。朝の散歩の時、山のあちこちから遠くにそして間近に聞こえていたエンジン音が時々止まると、切られた杉かヒノキが倒れていく音が聞こえた。林野庁の森林・林業基本計画では「平成30年までに森林施業の集約化や路網整備など「森林・林業再生プラン」の実現に向けた取組を推進し、木材自給率50%を目指す」としているらしい。
春の初めの頃だった。日毎に近づいていたチェーンソーの音が自宅の近くで聞えるようになって時おり人影が遠く木々の間に見えるようになった。さらに4月になり桜もシャクナゲも咲いて山椒の若葉も芽吹きはじめると庭に出れば「きこり」の間伐作業は顔が見えるほど近くになっていた。顔があえば互いに頭を少し下げて目で挨拶をしていたが、ある日、エンジンの音が止んだ時に声を掛け合って挨拶した。たしか「こんにちは、暑いですね」。いや「いい天気ですね」・・か、そんなだった。そのころ僕もチェーンソーの小さなのを使って庭の木を伐採していた。時々手を休めて本物の「きこり」の作業を眺めていた。紺の作業服にキャップを被って地下足袋を履いている。大男ではないが太り過ぎてもいない。がっしりした体格をしている。年齢はどれくらいだろう。四十過ぎ、半ばまではいかないだろう。黒々した口髭をたくわえている。丸い顔に人の良さそうな目をしている。
六角堂の横にあるクスノキが前々から気になっていた。大風が吹いて枝が屋根に落ちると困るがと、思っていた。あまりにも大きいし建物にかぶさるように枝を張って僕にはどうしようもない。だいいち僕の可愛いチェーンソーでは刃が幹の半分にも届かない。ずいぶん前に大木を切る専門の業者に見てもらったことがある。「重機が入らないし対人と建物の保険もいるし一本十万円は見てもらうことになる」と、そんな大きな木がこの周りに5本あった。見積書を見て声が出なかった。
「きこり」にそのことを話すと何と三万円で切ると言う。一本の値段ではない。一日分、つまり5本全部切っての値段らしい。ただし僕が手伝うこと、もし被害がでた場合には僕自身の責任で解決すること、切る時期は今やっている営林署の仕事が終わってから天気が良くて風がない日、ということで話が決まった。
5月の初めだった。朝早く、ひょっこり電話があった。軽トラに機材を積んでやって来た。自然に生えて来た木だが50年もすればこんなになった。20mはゆうにある。伐採する木は5本ほどあるがクスノキ以外は名前を知らない。何度か聞いたが忘れた。まずは切り倒す方角のじゃまになる木の伐採をする。次に「きこり」は木の高いところまで登ってワイヤーロープをかける。降りてくると、切り込みを入れる場所にチョークで印をつける。倒す方角に楔形の切り込みをつけるが、その前にまわりの草木を切って足場をスッキリしておく。根元から適当な高さで大きく切り込むがチェーンソーで直接切り倒すのではないようだ。ワイヤーロープで引き倒す。
風を巻き起こしてバリバリと一気に倒れた。横たわった枝がこんもりと林のようだ。切り倒したあとの切り口を見せて、大きな木を安全に切り倒す方法の説明をしてくれた。横になった木の枝を落として幹を幾つかに切りわける。僕も手伝っていたがチェーンソーの刃が切れないので研いでくれた。チェーンソーの燃料は50対1がいいそうだ。オイルは純正がいいそうだ。その理由も説明してくれた。スチールとハスクバーナの特徴の違いを説明してくれた。 刃は時々研ぐようだ。刃の表面を硬化している特殊鋼が先に出るように角度を考慮して研ぐ。一日の作業で何度も研ぐそうだ。
日本で木の伐採の仕事をする前にアメリカで同じような仕事をしていたらしい。コロラドの山の中と言うからロッキー山脈なのだろう。そこでの伐採といえばまず大型のトレーラーを通す道路造りから始まる。切り口に家が建つほどの大きな木を重機を使って切り出すのだそうだ。
お昼はとっくに過ぎていたが水も飲まずに次の木に上って行った。ワイヤーロープは幹が30cmほどしなるくらい強く引いておくようだ。エンジンの音が止んで木が倒れ始めたが、僕の担当するワイヤーロープの引きが遅いので隣の杉の木に引っかかった。どうしようかと思った。こんな場合は根元から刻んでいくそうだ。今度は、かなり高い位置から切るようだ。始めは鋭角で切って滑り落とす。大きな木が「きこり」の頭の高さからドスンと地面に食い込んだ。かなり危険なようだ。後は根元を刻むほど引っかかっていた枝が段々に降りてくる。仕舞にはチェーンブロックを横がけにして引き倒した。 
かなりスッキリになった。いま何時だろう。食べなくてもいいのだが、腹がへって。 石の上にアマガエルがうずくまっていた。干からびそうだ。最後の一本になった。 「きこり」はこんな時こそ慎重になるようだ。  紫の珍しい花が咲いていた。あとで訊ねるとキランソウ、そんなに珍しくはないらしい。