ブログを体験してみる

はてなダイアリーの創設時期からブログを体験してみようと書きはじめてながい年月が経過した。

午前中、エッセイ教室にいった。

天気がいい。日中の気温は30度ほどになったようだ。
きょう提出した原稿は。


             わが家の猫たち                  中村克博

 わが家に二匹の古猫がいる。毛色は茶に灰色がまじったトラ模様で顔の半分と腹は白い。名前は痩せたのがユキ、太ったのがクモ、二匹ともメスだ。この古猫の歳を先ほど母にたずねたら、指を折って数え、家に来て十七年になると教えてくれた。    
二匹はいつも台所にいる。猫用の小さな電気カーペットにユキがクモの上に顎をのせて重なるように日がな一日眠っている。田植え前のこの時期、八木山は寒い日がぶり返すが外の日差しの方がよっぽど気持ちいいだろうに。 
排泄用に猫砂なる粒子上の人工物が勝手口の沓脱に置かれている。時折りそこに出かけ箱にしゃがむ、用を足すと箱を出る前に砂をかき混ぜて糞尿を丁寧に隠すが足に砂がくっ付いている。それが台所の床にぽつぽつと落ちる。
僕が勝手口から上がってくるとユキが「ニャ〜」と挨拶してくれる。ご機嫌うかがいに母の部屋に行くと付いて来て立てた尻尾を左右に振って足元にまとわりつく。こうされると憎めないが以前は違っていた。
数年前までは、僕が勝手口から上がろうとすると、背中を丸くして「フゥ〜」と威嚇する。誰もいないと間髪入れずスリッパで顔をはたいてやった。また、あるときは、母の膝にのって甘えていたユキが頭を持ち上げて「フゥ〜」と小さな牙を剥いたこともあった。何とも憎たらしいが母がいては手出しはできない。
数年前の、ある日、誰もいない台所でユキが椅子の上でスヤスヤ眠っているのを見た。僕は忍び足で近づき、都合よく食器棚の上にあった竹の鯨尺を手にして思い切り振り下した。ガチャンと大きな音がした。竹の鯨尺が長すぎて猫にあたらず食台の茶碗をバラバラにした音だった。
「なんの音ね」母の声がした。
「茶碗を割った」
「気をつけなさいよ…」大正生まれの母は元気だが耳が遠い。
 それから数日後、勝手口を開けると椅子の上で眠っている。スリッパを履かずに上がり框にそっと素足をのせた。数粒の猫砂を踏んだがかまわない。鯨尺をつかむ。気は焦るが、一足一足、息を凝らして間合いを詰めた。今度は鯨尺を振らないで突きの一撃で決めることにしていた。顔を狙おうか、腹にしようかとためらったが前足の付け根にした。ユキは何が起きたやら分からず横っ飛びに逃げた。
 以来、僕が勝手口を開けると「フゥ〜」とは言わない。僕の顔が半分見えると二匹とも一目散に逃げる。二匹と言うが、クモはユキの巻き添えを食っている。
母が不思議がる。 
「なんでアンタを嫌うかね〜」 
「猫とは相性が合わんのやろ」
 ユキが心を入れ変えたので近ごろは、この老猫と仲良くしている。たまに、台所にあるイリコの甕から指先で摘まんで鼻先に落としてやる。クモも、のこのこやって来て御相伴にあずかっている。
 昨年のいつだったか、洋猫のかかった品のいいノラ猫が軒下に居ついた。二匹の古猫が「フゥ〜」と威嚇して家には入れない。数ヶ月して、そのノラが三匹の子猫を連れてきた。どこか人目に付かない所で産んだのだろう。毛色は黒、これはオスで、白いのと灰色、こちらの二匹はメスだった。すでに乳離れしていて軒下で親と一緒にエサをもらって食べていた。
三匹の子猫はスクスク成長した。家のまわりを走り回って藪に駆けこんで、木に上って、家に入ろうとしては古猫に叱られていた。体はもう親のノラと変わらないほどになった。そして、ある日、その三匹の親ノラがいなくなった。母も家の者も気にして、二三日すれば帰ってくるだろうと思っていたが帰ってこなかった。
 年が明けて冬が過ぎると、見知らない大きな猫が目につくようになった。朝日が高くなると決まった時間にやってくる。白黒のブチで大きなオス猫だ。辺りをうかがう様子もなく母屋の方に歩いて角をまがるのが僕の部屋から見える。まもなく子猫の泣き叫ぶような声が聞こえる。
それから一週間ほどたって、僕の部屋からサバトラの大きなオス猫が長い尻尾を真っ直ぐ立ててやってくるのが見えた。すると、どこからか白黒のブチが出て来て行く手をふさいだ。睨み合いが始まって「うぐぅ〜」か「ニャガァ〜」か分からないが、互いに喉の奥から絞り出すように叫んで、取っ組み合い転がった。白黒のブチが仰向けに押さえこまれて目を剥いている。先ほどの勢いはなく「うぐぅ〜」と力なく聞こえる。
以来、白黒のブチは見かけないが、サバトラは雨の日以外は欠かさずやって来るようになった。母屋の向こうで子猫の泣き叫ぶような声が聞こえるのは、これまでと同じだ。僕はビニールパイプで吹き矢の筒を作っていた。紙をよって円錐形の矢を作り先端に鋭いネジ釘を仕込んでいた。二三日練習すると三メーターほど離れて狙った木の枝にズカッと深く突き刺さるようになった。
サバトラは僕が部屋から出ると、藪に逃げ込むときもあるが、だいたい、いつも同じ木に登って葉の茂みから僕を見下ろす。この日も大きく跳ねて同じ木に登った。僕は木の下に立った。茂みの奥にサバトラの顔がある。大きな目でこちらを見ている。吹き矢を構えた。サバトラは何の警戒もなく見下ろしている。目と目の間を狙った。距離は二メートルほど、思いっきり息を噴き出した。コンと響くような鈍い音がしてサバトラが落ちてきた。地面に頭を打ちつけて斜めになって走っていった。矢が当たってなぜ、コンと音がしたのか不思議だった。
                             平成二十八年五月十八日