ブログを体験してみる

はてなダイアリーの創設時期からブログを体験してみようと書きはじめてながい年月が経過した。

麻生太郎の「わたしの外交戦略」という講演集がある。

いつだったか、台所を通るとき母が「読みなさい」といって手渡した。
日本の外務大臣として、平成17年12月に日本記者クラブでの「わたしのアジア戦略」から始まって、いろんな場面でのスピーチや寄稿文がおさめられていた。
昨年の5月に「東アジアの安定と反映を共に目指して」と題してアメリカの戦略国際問題研究所で行った講演があった。
その話の締めくくりに、
「過去の教訓から多くを学んだ我が国が、東アジアにおける平和、安定そして繁栄のために尽力するという60年前の固い決意から逸脱することは決してありません。我々は、友好国やこの地域の隣国と共に、人々の目標や夢の達成に資する、開かれた、力ある東アジア実現に向けて努力していく決意です。 とあった。


先日、伊藤伝右衛門邸の見学のあとWebをいろいろ見てたら玄洋社筑豊の石炭資本との関係を知った。石炭は当時の産業エネルギーで現代の石油に当たる。これなくしては汽車も製鉄所も発電所も動かない。銭湯のお湯も、家庭の暖房も台所の火までもこれから出来ていた。日本の石炭の70%以上が筑豊炭田から産出されていたという。その筑豊で最大の炭鉱資本だったのは、伊藤伝右衛門が白蓮との離婚交渉を行う席に立ち会ったとされる麻生太吉の麻生家だった。
最近になって、麻生太郎の「わたしの外交戦略」を読み返して思いを馳せた。60年前についえた玄洋社アジア主義とはどんなものだったのだろう。平成18年12月15日、新しい教育基本法が、第165回臨時国会において成立し、12月22日に公布・施行された。14日、憲法改正手続きを定める国民投票法改憲手続き法)の成立、憲法審査会で、事実上の改憲論議を進める準備に入ったらしい。靖国神社の問題であえて中国を怒らせるのもこの一環のような気がしてきた。外務省としては、こんな関連は話題にしたくないだろうか・・