久しぶりだった。依然と様相が、かなり変わっていた。
と、言うより今まで行ったことのない道に入っていった。
これまで馴染んでいた小石原の作風とちがう作品が沢山あった。
窯元をゆずっている先代のおじいちゃんが、おもしろい話をしてくれた。
家に帰って、コーヒーカップなど、あらためて見るのはいいもんだ。
雑木を輪切りにしたコーサに置くと似合うようだ。
訪れた人に形のちがうカップをそれぞれ使えば楽しそうだ。
先週の金曜日、エッセイ教室に提出した原稿は、
貝原益軒を書こう 三三 中村克博
宗州は「ただ今もどりました」と声をかけて障子を少しひらいた。さらに半分ほど開くと無表情な笑顔が見えた。久兵衛の左に座る根岸の顔がそれに重なった。根岸は考えごとをしているようで座卓にある湯呑に目を落としたままだった。
障子をしめて立ちあがる宗州に久兵衛が「いかがでした」とせわしく問いただした。
宗州は「はい・・・」とだけこたえて席にもどると冷めたお茶を一口飲んで、
「まず、仲居にたずねましたところ、女人は、ほどなく緊張がほぐれたようで佳代も一緒に湯船に浸かって話をしているようでした」
「えっ、それは・・・ なんと、そのような・・・」
久兵衛があきれたような声をだした。根岸も顔をあげて宗州を見た。
「はい、私もおかしなことだと、湯屋の外からうかがいましたが、確かになにやら、小声でよくは聞き取れませんが、たしかにくつろいだ話し声でした」
久兵衛がホッとした声で、
「そうでしたか、それは安堵いたしました。 腹が減っているのでは・・・」
「はい、仲居に簡単な食事の用意を言いつけてまいりました。寝室は扉が一か所の塗籠に佳代も共にするように、さらに警固の不寝番も手配しました」
「はあ、それは、それなら心配いりませんね」
「はい、ひと安堵です。それで・・・ 伊丹からのいい酒がありますので・・・」
根岸は空の湯呑で手すさびしていたが顔をあげて、
「やぁ、それは、ありがたい、いたみいります」と、うれしそうに言った。
宗州は大きくうなずき、吸った息を吐きだすように、
「それにしても、きょうはいろんなことがありましたね。柳生のお侍の現場を見とどけるだけでなく、大変な問題を背負ってこられましたな・・・」
久兵衛にはその言葉が、うらみがましく聞こえた。
「しかし、あの場で命を落とすところを・・・ 女人だったため柳生の方も手にあまり、我らがいるのを幸いに問題を背負わしましたが、おかげで女人は死なずにすみました」
根岸が宗州を見て気のゆるんだ声をだした。
「は、は、まさしく背負ってまいりました。まだ幼さが残っているような、上背はあるが、きゃしゃな体をしておられた」
久兵衛が宗州を見すえて、
「大変な問題と言われましたが、あの女人はこれから・・・ 宗州殿はいかがされるのですか、まだあどけない女人です」
「そうです。難題ですね。まだお名前も、どこの家につながるのか、名のあるお公家様の・・・ お姫様かもしれませんし、どうしたものか・・・」
仲居が酒を運んできた。味噌田楽に湯豆腐、紫葉漬が並べられ、さかずきが配られた。温められた酒を柄の長い銚子を持つ仲居が注いでまわった。
根岸が杯を左手に持って、銚子の酒を受けながら、
「うつくしい盃ですね」と言った。
「はい、伊万里から長崎へオランダとの交易に使う品ですが堺でも手に入ります。高坏の形ですが、熱燗の盃には大きすぎますかね」
「いや、いや、飲みやすい、いいおおきさです」
久兵衛が酒の入った盃をかかげて見ながら、
「ほんとに湯呑ほどある。高台がなく足がある。長崎ではオランダの葡萄酒を呑むときにギヤマンの器はこのような形でしたが、もっと足が細くて長いようでした」
「そうですね、あちらの酒もおいしいですね。よろしければオランダからの葡萄酒もお持ちしましょうか」
「いえ、いえ、今日は熱燗の酒がいいのでは、それに柴漬がなんともいい味で」
「紫葉漬け、紫葉は赤紫蘇のことですね。その昔、平家滅亡のあと、大原の寂光院に隠棲しておられた建礼門院様が、里人の献上したこの漬物をたいそう気に入られ、そこから紫葉の漬物、紫葉漬けが有名になったといいます」
根岸が箸で柴漬けを自分の皿にとりながら、用心するようにゆっくりした語調で、
「あの女人は朝廷のどこの公卿につながるのかは分かりませんが・・・ 江戸の・・・」
と言ったところで、宗州が話をさえぎるように仲居に向かって、
「あ、熱燗を徳利に入れて三本おねがいします。あとは我々だけでやります。夜もふけましたので、みな、おやすみなさい」といった。
仲居が部屋をでると、足音が遠くなるのをまって、
「あ、失礼いたしました。ご公儀が刺客を使うほどの相手です。身代わりとはいえ害する目的の本人を、今ここに、手元に置いておることになりませんか」
三人は口を閉ざして盃からも手をはなしていた。燭台のろうそくが重たくゆらいで小さなはぜる音がした。宗州が芯きり鋏をもって炎の中の芯を短く切った。
それを見ていた久兵衛が首をかしげて、
「難問を背負ったままで、明日は黒田の京都藩邸に挨拶に出向かねばなりません。それに、お世話になる松永尺五様にも顔をだし、下宿先にも荷物が届いておるだろうし・・・」
それを聞いて根岸が思いついたのか、あるいは熟慮の上か、ぽつりと、
「女人を黒田の藩邸にお連れして、上役に相談してしばらくかくまって・・・ あるいは、それより、大徳寺にお連れしてお返ししてはどうかと・・・」
宗州がすぐにこたえた。
「黒田騒動をご存じでありましょう。今から二十年あまり前のことです。鳳凰丸造船事件に始まり、寛永九年(1632年)に黒田忠之公が幕府の老中から呼び出しを受けられます。黒田家重臣の栗山大善様が、こともあろうに忠之公の謀反の企てを幕府に直訴された事件です」
久兵衛が補足するように、
「中でも申し開きに苦慮したのは、駿河大納言徳川忠長公とのことです。駿府の城中で幕府への逆謀について同意され誓詞に署名、花押を成された一件です」
宗州がきっぱりと言った。
「このときは藩祖長政公の軍功に対して東照大権現様、家康公直筆の感状を使って事なきをえたのですが、こたび、又しても謀反問題がおきれば、いかがなことになりますやら」
宗州は根岸に盃を空けるようにうながして自らも冷めた熱酒を飲み干した。
根岸が一口飲んで、
「藩邸にお連れしても、大徳寺にお連れしても、問題をより大きくするだけですね」
「茶会は大徳寺の龍光院、龍光院は長政公が建て、父如水公の墓がある。龍光院は如水公の院号です。女人の御命だけでなく、お二方にも、とがが、かかるやもしれませんね」
令和三年二月十九日