伐採はすすんで、西の方も明るくなってきた。
重機が入らない所は人がチエーンソーを使っていた。
重機がはいるところは仕事のはかどり具合が格段にはやい。
重機は大きな木を切って、枝を落として、木を整理していく。
昔はこの作業を人がしていた。人手と時間がどれくらい少なくなったのだろう。
南側が明るくなって遠くの山が見えてきた。畑の石垣積みもほぼ出来上がっている。
東の方も明るくなって国道から社屋の研修棟が見えている。
先週のエッセイ教室には、29回目の原稿を提出した。
貝原益軒を書こう 二十九 中村克博
公家の行く手に立ちふさがる柳生の武士がすでに抜き打ちの間合に入っている。それに対し前衛の武士が体を低く刃を上にした剣先を向けて防御しているが均衡は一瞬で崩れる。提灯を置いて逃げる男を斬った柳生の武士が後方から公家に近づくと刀の柄を左に押して横一文字に抜きはらう姿勢になった。前衛の武士はそれに気づいているが動けない。
「ひぇ~~」と公家の叫びが聞こえた。
前衛の武士が右に大きく飛んだ。後方から横一文字に抜きはらった柳生の武士と公家のあいだに飛び込んだ。公家に放たれた刃の切っ先を自分の胴で受け同時にそのまま上段にまわした刀が柳生の武士を頭から斬り下した。柳生の武士は右手を引き上げて頭上に迫る斬撃を刀身の半ばで受けるはずが間に合わず、切っ先で受けたが十分でなく左の肩を斬られた。
公家は呆然と立っていたがヘナヘナとうずくまった。
その場にかけつけていた白髪の目立つ柳生の武士が下げていた抜き身の刀を左足の前に動かした。その横には先の柳生武士が刀の柄に手をかけ抜き打ちの姿勢で公家を見すえている。公家方の武士が柳生の武士を頭から斬り下すと顔は柳生の武士を見たが、そのふり向いた顎の下を左足で踏み出した柳生の剣先が走った。喉を斬った刃は首筋で止まり、刃を返して右足を大きく踏み込み首を押し切った。ふきだす鮮血と首がうずくまっている公家の目の前に落ちてきた。
公家は「け、けぇ~~」と甲高い声を出して石畳に屈みこんだ。
抜き打ちの姿勢の柳生の武士が言った。
「女人のようですが・・・」
「うむ、その前に手当てをしてやれ」と、肩を斬られている仲間を見た。
白髪の武士が刀を懐紙でぬぐった。刃こぼれを確かめ刀をおさめた。公家に近づいてその被り物をとった。長い髪が肩の下に落ちてきた。公家はうつ伏したままで動かない。
仲間の手当てをしている武士が、
「女人のようですね」とふたたび言った。
無言でうなずいたが立ったまま左手を伸ばして、
「人違いか、おとりか・・・」と言って公家の襟首を引き上げた。目当ての人物は五十がらみの公卿だと聞いていた。
公家の水干の胸元をのぞいて右手を襟元に入れた。さらに腕を中ほどまで入れた。女の乳房をたしかめた。
公家が聞き取れないような声で、
「むたいなことを・・・」といった。
左の胸をまさぐっていた動きが止まった。
「むたいなことを命じられたのはどなた様です」と言って腕を右胸にうつした。
傷の手当てをする武士が血止めの処置をしながらその様子を見ている。ゴッツイ右手はまだ襟の中にあって細かい動きをしている。
「う、ぅ、おゆるしください」と息を吐きだすようにつぶやいた。
白髪の目立つ柳生の武士は右手を胸元から出して女の頬をつかんだ。その手に小さな十字架のついた首飾りがあった。それを確かめると元に戻して女の顔を上に向けた。雲間から月が照らした。小さな唇に紅がさしてある。
「女性だな」と言って手をやさしくはなした。
武士の右手には指のあいだにまだ血糊がねっとりと残っていた。武士が手をはなすと女の白い頬に小さな唇を引き裂いたような赤い跡をつけた。
「まだ、あどけない女性を斬るわけにはいかぬ」といって立った。
二人の柳生の武士に「すぐ戻る」と言って走り出した。
木の影にひそんでいる根岸と久兵衛のところに来た柳生の武士は、
「仔細はわからぬが、狙いがちがったようです。それで」
「女人のようですな、それで、いかがなされる」と根岸がけわしく聞き返した。
「女性は斬れません。この付近は夜盗や辻斬りがでる。それに京都所司代の見回りに見つかれば面倒なことにもなる」
「それで、いかがなされる」
「それで、女人は残して我らはこれで引き上げる」
「なんと、それでは・・・ 女人を我らに何とかしろと」
柳生の武士は、にっこり笑って、
「はは、これも、かかわり合ったご縁でしょう」
久兵衛が困ったように、
「この付近に寺はおおいが、たのんでも門は開けんでしょう」
根岸は黙っていたが了解したよう柳生の武士をみた。
柳生の武士はかたじけないと頭を下げて、
「もう会うこともないでしょうが・・・」といって踵を返した。
白髪の目につく柳生の武士が戻ってきた。うしろから根岸と久兵衛がついて来ている。
女人が着けていた太刀と前差しは柳生の武士が押収するように腰から外した。それから互いに最後の挨拶もなく三人の柳生武士はその場を立ち去った。
女人は歩けない。根岸が背中に負った。重くはなかった。おぼろな月は雲から出たり隠れたり、まだ東の空にあった。あれから、月は少ししか動いていなかった。久兵衛はそれが、えらく長いできごとのように思えた。ときが止まっていたのかとも感じた。すざまじい夢のつづきにいるようでもあった。
寺がいくつもあって長い塀がつづいている。月がみえかくれして人影はなかった。風がときおり強く吹いた。
根岸のうしろを歩く久兵衛が横にきて、
「かわりましょうか」といった。
「いや、かまわぬ」と背中をゆすった。
「朝廷に、江戸の由比正雪と示し合うか、手引きする者がおったのでしょうか」
根岸は応えない。
「それに、此度の手違い、奥が深そうですね」と根岸の顔を見た。
「うむ、訳がわからんな」とこたえた。
「紀伊の大納言徳川頼宣様や備前の池田光政公が関与されていたともなれば・・・」
「それが事実なら大掛かりな騒乱になるな」
「しかし、由比正雪以下の首謀者が一網打尽になり早々と処刑されて一件落着とは・・・」
「おかしなことだと、誰にもわかりそうだが・・・」
令和二年十一月六日