先日の台風19号は離れて通っただけでもすごい風だった。
また、すぐに、かってない大型の20号がくるそうだ。
台風の合間のお茶の稽古だった。
蹲のまわりの手入れができていない。
昨日はエッセイ教室だった。久兵衛たちも茶をいただいていた。
貝原益軒を書こう 二十五 中村克博
朝日がすでに高くなっていた。よく晴れて涼しい風がふいている。遅い朝餉をゆっくり済ませた久兵衛と根岸は、用意された下駄をはいて母屋から池に沿って少し歩いて小さな草庵に案内された。宗州が茶の支度をしながら待っていた。狭いくぐり戸をにじるようにして部屋にはいったが、二人とも刀が妨げになったので帯から外して手に持った。床の前を外して座った。刀は右手に置いて久兵衛は正坐した。根岸は刀を左手に置いて胡坐で坐った。宗州が二人に両手をついて挨拶して茶を点てはじめた。囲炉裏はなくて鉄風炉に炭が赤く見える。窯は小ぶりの円筒形で雲竜の模様があった。
茶筅を振る音がとまって宗州は茶碗の中にゆっくりとのの字を書いた。久兵衛はその仕草が十の字を切ったようにも見えた。宗州は左ひざを立てて体を少しねじって久兵衛の方に茶碗を差し出した。久兵衛は正坐のまま、にじって茶碗を取り込んだ。
宗州が茶碗をかえて根岸の茶を点てながら、
「久兵衛さまは茶を召されるときは、いつも正坐ですか」と問うた。
久兵衛は一口飲んで、
「はい、茶室に入ったのはこのたびが初めてです。これまで何度か座敷で点てた茶をいただいたことはありますが、殿様の前で茶頭が立てますので」
「そうですね、貴人の前では私どもも、そうなりますやろな」
根岸が心もとない声で、
「私は、宗州殿が胡坐をかいてお座りなのでそれにならったのですが・・・」
宗州がひとひざ膝行して、根岸に茶を差し出しながら、
「そうですか、喫茶は昔から胡坐がいつもの流儀ですね。いま私は半跏趺坐で坐っております。右足を左足の上に載せ、菩薩坐ともいいます」
聞いていた久兵衛が足を崩して胡坐になった。
「そうなのですか、やはり、このほうが、くつろげます」
「どうぞ、気楽になさってください。茶は本来くつろぐための飲みものでしょう」
根岸が控えめにたずねた。
「そうですか・・・ 高価な道具を収集して名物を披露したり、人が大切にしている茶入や釜を強引に取り上げたり、おもねって進呈したり、褒美に下げわたしたり、御殿や寺院で豪華な茶会を開いたり・・・ くつろげるのですかね」
久兵衛が後を続けるように、
「それが、こんどは粗末な庵で竹の花入れに一輪さして、市井の欠け茶碗をつかう、飯を炊く羽釜を茶釜にしたりと、なぜか訳が分かりません。客をもてなす流儀が時代によって変わっていくのでしょうか」
宗州はほほえんで聞いていたが、うなずきながら、
「室町のころは点茶所で同朋衆が茶を点て書院の客へ運んでおりました。信長公の場合は、吏僚や祐筆たちが茶頭を務めますが、すぐに堺の交易商の茶人たちに代わります」
すると、久兵衛が宗州に突っ込むようにたずねた。
「くつろぐため、茶を飲むために、なぜ修業するほどの作法がいるのですか・・・」
宗州は久兵衛に二服目をすすめながら、
「同じ茶の湯の場所で、同じ時に・・・ 人それぞれに趣に違いがあるのは、まして作法がまちまちではいかがなものでしょうか」
根岸が思いあたるように、
「そうですね。互いに相手を無用に気遣うかもしれませんね、くつろげませんね」
久兵衛が思い出したように、
「そうでした、見渡せば花も紅葉もなかりけり浦の苫屋の秋の夕暮れ・・・ 定家の歌を武野紹鴎が茶の湯の例えにしたのですね」
宗州がうなづいて、
「それにしても茶の志向は時代と共に変わりますが、これからは戦のない文治の世、茶の湯が庶民にも広まるでしょうね、そうなれば女の点前、町方の作法ができるのでしょうね」
久兵衛が少し考えるようで、
「そうなれば、紹鴎様や利休様が求めていた茶とはちがうものになりますね」
宗州は自服の茶碗に湯をそそぎながら、
「そうなりますやろな」
久兵衛には、なにやら寂しそうにも聞こえた。
「千金の駒を賤(しず)が苫屋に繋ぐようなものを、侘びとする、という・・・ これは村田珠光の言葉だそうですが、かけ離れた対比、洒落た風刺、ふかい粋をかんじますが・・・」
宗州が一口飲んで、
「しかし、利休様が、めざそうとした侘びとはかなり違うとおもうのです。まったく逆かもしれません」
久兵衛が身を乗り出すように、
「そうなんですか、どのようにちがうのでしょうか」
宗州は飲み口を手でぬぐって、
「さあ、それが分かるようになれば・・・ おなごをいとおしむ、ことと通じますかね」
根岸がはっとして顔をあげた。
「むㇺ・・・ おなご、を・・・」
宗州が久兵衛を見て、
「さすれば、久兵衛さま、昨夜のおぼしめしは、いかがでしたか」
「思いもよらない、こころいれ、いたみいります」
「ほう、それはよかった」
根岸が補足するように、
「ところが、千金の駿馬が寄り添ったのに鞍にも手をかけなかったようで」
「ほう、それは・・・」
令和二年九月十七日