ブログを体験してみる

はてなダイアリーの創設時期からブログを体験してみようと書きはじめてながい年月が経過した。

午前中はエッセイ教室だった。

昨日今日といい天気がつづいている。


きょう提出したのは、
為朝の活動が海の上になり始めた。


栄西と為朝と定秀                       中村克博


戸次惟唯が十一人の武士を伴い、ちかに案内されて壱岐にやってきたのは田植えが始まる春の頃だった。
それから夏がすぎ、いまは北風が冷たくなって秋がきていた。
壱岐でも稲刈りがぼつぼつ始まっていた。
刈り取った稲を束にして、渡した孟宗竹の竿に掛けている風景が田んぼの広がる丘陵のあちこちに見えていた。
高い山はないが島を流れるいくつかの河川はおだやかに蛇行して流れ、地味は豊かで田畑の実りは多い。
九州本島の高地にある英彦山の麓より一月ほど農作業はおそいが、
それでも台風のやってくる季節の前に稲刈りは終えなくてはならない。
壱岐の海は暖かい。
壱岐水道東松浦半島壱岐島の間にある水道で北の対馬海峡と並行している。
南から温暖な海流が流入してクジラが群れ、ブリ、マイワシ、ヒラマサ、トビウオ、コウイカカマス、アジ、
サバ、サワラ、カレイ、スズキ、アオリイカ、マダイ、ヒラメ、コノシロ、など種類も豊富にいくらでも獲れた。


 戸次惟唯は月読神社に新しくしつらえられた弓場(ゆば)にいた。左の袖を脱いで片肌を出していた。
弓の弦に矢をつがえ頭上に上げた両腕をゆっくり下げながら左腕を的に向けてのばした。
一呼吸おいて、さらに、引き分けて胸を張った。
少しの静寂のあと心地いい弦音(つるね)が聞こえて矢は十五間ほど先の的をわずか左にそれて安土に深く刺さった。
「ずいぶん、力が抜けて筋肉がゆるんできたな」
「はい、しかし、これほど近い的を、またも外すなど」
西の空が赤く染まりはじめていた。
「いまだに、中てることが気になるのか」
「い、いえ、けっして、そのような、今では的を狙うことはしませんが」
 三日まえに為朝の平手打ちを、矢を放った後の顔面にうけていたのを思い出していた。


鳶(とんび)がこの日、最後の獲物を見つけて高い空から急降下するのが見えた。
床几に為朝が腰をおろして、そばに、ちかが半弓をたずさえて立っていた。
「今日も、夕日がきれいですね」
ちかには外れ矢はなく、五本の矢がすべて的の中ほどにあった。
「日のあるうちに、ちか殿、かわりましょう」
為朝をみて惟唯が会釈した。
 ちかは自分の的前に立った。為朝に笑顔で、
「ちかにも惟唯さまのようにご伝授ください」
 為朝が好々爺のようにうなづいた。
「息をゆっくり、腹におしさげて」
そう言って為朝がほほえんだ。
「呼吸に魂を入れるのですね」
 ちかは矢をつがえた。顔からは表情がきえ、両手を頭上にさしあげた。
「吐く息は、ゆっくり、さらにゆっくり」
 押す弓手(ゆんで)、張る右手(めて)は引き分けられ、ちかの息は吐ききられた。


「そのまま、もそっと、体の力を抜きなされ」
息を吸うことはならず、ちかは、苦しくなった。
「まだ、まだ。しばらく、そのまま矢をはなしてはならぬ」
ちかは、目がくらみそうになった。たまらず矢を放った。 
矢が弦からはなれる音がして五本の矢にまぎれこんだ。
「おみごと」
ちかは、為朝のほめ言葉に不満だったが顔には出さず二の矢をつがえた。
夕日はすでに沈んでいたが西の空は抜けるように青くて、そこに赤い雲がたなびいていた。
的場は薄暗くなり始めていた。そこに遠くから馬の駆ける音が地響きのように聞こえてきた。
ちかは息をゆっくりとはききった。
弦音がした。
矢は外れて的の右横をかするように刺さった。
「はずれました」
 ちかが、はしゃぐように為朝をみた。
馬の遠乗りから戻った為朝配下の武士たちの、ざわめきが聞こえてきた。
惟唯の仲間をくわえて二十人ほどの騒々しい話し声が近づいてきた。


西の空の薄い茜色の残照はすでになくて、無造作に刷毛で描いたような墨色の雲が浮かんでいた。
安土場の屋根の下は暗く、白い的はほとんど見えなかった。 
「惟唯さま、ころあいの闇の中、狙わずに、中てようと思わずに、お試しください」 
「そうだな、惟唯殿、おもしろい。やってみるか」
 惟唯は矢を一本だけ持って自分の的の前に行った。為朝に一礼して弓を構えた。
弓矢を持った両拳を上に持ち上げ物見をするが的は暗くて見えなかった。
そのとき弓場(ゆば)にぞろぞろと大勢の武士たちがはいってきた。
為朝たちの様子を見て驚いたように、
「あ、申しわけございません」
先頭の者の声がした。
 みんな急に静まった。その場に片膝ついて腰をかがめた。


「案ずるな。弓場(ゆば)に静寂はいらぬ。戦場(いくさば)は」
為朝は静かに言って、思いついたように、あとの言葉を呑んだ。
 惟唯は両腕を引分ける途中、弦を三分の一ほど引き取った状態で一旦動作を止め、
一呼吸おいた後、さらに引分け、動きを止めて矢が離れるのをまった。
「みんな、静かにすることはない。一旦、弓をしぼれば一切は意識のかなたにある」
 為朝の言葉が夕闇の中でゆっくり言い終わると、
間もなくして弦の鳴る音と同時に発止(はつし)と矢が的に中ったことがわかった。
矢が放たれた後も惟唯はしばらくの間そのままの姿勢で矢の方向を見ていた。
「できたようだな」
 為朝の嬉しそうな声が聞こえた。惟唯は不意に我にかえって、
「はい、しかし、もう一度やって、できるとは思いえません」
「そうだな、まだ無心になろうとの思いがあるのでな」
 大勢の人の中から、どよめきがおこった。


今朝も朝餉は厨房につながる広い板敷の部屋にみんな集まったが、
刻限はいつもより早く夜明け前で、まだ部屋は薄暗かった。
三か所ある囲炉裏には小さな炭火がおこしてあった。
自在鉤に鉄鍋が下げられて二十名あまりの為朝配下の武士たちが、それぞれの囲炉裏を囲んで座っていた。
為朝は座る場所を決めない。今朝は真ん中の囲炉裏に座った。
為朝が鉄鍋の木蓋をとると湯気が立ち昇った。小豆のはいった玄米粥が煮込んであった。
横の武士が椀に粥をすくって為朝の膳に置いた。
ほかでも同じように粥をつぎ分けて部屋はにぎやかになった。
為朝は頭を下げて箸をとった。
「戸次惟唯殿が見えぬようですが」
「きのう、ちか殿をお送りして、あちらにおる」
「そうですか」
 為朝は焼あごの身をほぐして粥の椀にいれた。
「お父上に気に入られておるようだ」
きざんだ高菜の古漬けもいれた。
「今日は芦辺の小早船で宇久島まで行くと聞きました」
鍋の向こう、湯気の中から声がした。
「風がよければいいな」
為朝は、高菜の上に梅干しも入れるようだ。
「日のあるうちは走り続けるのですね」
「風がよければ日暮れまでに着くと聞いておる」

 為朝たちは二艘の小早船に乗り分けて芦辺の浦をでた。
空はすこし明るかったが日の出までには間があった。
沖に出ると白波がちらほら見え北よりの東風が吹いて、うねりがあった。
朝日はまだ海からのぼってはいないが空には羽雲が二つ、光を下から受けて輝いていた。
「為朝様、前の屋形に移られたほうが波をかぶりません」
梶棒を持つ船頭が為朝の後ろから声をかけた。
「いい風だな」
筵帆はいっぱいにふくらんで、波長の長い大きなうねりに船はゆっくり上下しながら走った。
追い風で風と共に走るので体に風は感じない。
舳先が時折り波がしらをたたいて波しぶきをかぶった。
「今朝の東の羽雲はいずれ嵐をよびます」
 為朝は背中が朝日に照らされて暖かった。
「野分の時期だからな」
 右舷を軽快に走る小早船の艫屋形(ともやかた)の舵取りの横に戸次惟唯の姿がみえる。
「大神の御曹司はやはり海人の末裔でございますね」
「うむ、山よりも陸よりも海がいいようだな」
 舳先がうねりに突っ込んで海水が甲板に流れこみ一段高い艫屋形にはねあがった。
壇ノ浦合戦に八十八隻もの船で加勢されたそうで」
「叔父の緒方惟榮が棟梁のころ、惟唯殿はまだ十(とお)ほどの子供だった」 
「西に雨雲がでました。昼前には風が変わります」
「昼飯はぬきだな」
                              平成二十六年二月二十一日