ブログを体験してみる

はてなダイアリーの創設時期からブログを体験してみようと書きはじめてながい年月が経過した。

午前中はエッセイ教室に行った。

前回は所用があって参加できなかった。どんな要件だったかは思い出せない。
体の具合はどうですか、大丈夫ですか、などと聞かれたので戸惑った。


今日提出した原稿はこんなだった。リアリティがあるとほめられた。嬉しかった。


隣接する杉林が心配だ。            中村克博


茶室に隣接する急斜面の山には杉や桧が立っている。大きいのは一抱えほどある。木の上の方には人の腕ほどもある枝が伸びて屋根にかぶさっている。数年前に大雨がいく日か続いて山の斜面が崩れ一本の杉が屋根を直撃した。瓦は破れ、棟木、母屋、垂木など小屋組みの構造材にまで被害が出た。かれこれ三〇年かもう少し前になるだろうか、知らない人たちが雑木の山を切り開いて、茶室の近くまで杉の苗を植えていたのを思い出す。山の持ち主に頼まれての作業だったのだろうが、数十年後、杉が大きくなることを考えずに植林したのだろう。こんな分かりきったことでも、植えた人は予測できないのだろう。
国定公園内の登山道で枯れ枝が人に当たって事故が起きた話を聞いたことがある。木剣で打たれても酷いことになるだろうに、人の腕ほどの枝が高いところから落ちてくれば思ったよりも衝撃は大きいのだろう。しかし、今思い出したが数か月前に伊勢神宮にお参りに行ったおり、内宮にも外宮にも杉の古木が天を突くようにそびえていた。参道にも鳥居の横にも神殿の横にもそばだっていた。参詣する人の多いことは登山者の比ではない。何百年も千年もの間に被害はないのだろうか、さぞかし神様の霊験があらたかなのだろう。
ともあれ未だに信心の足りない私にとっては、茶室の横の杉が気がかりだ。台風が来たら多分何本かは倒れそうで心配だ。大雨でも斜面の土が流れれば、倒れてきそうで、お茶の稽古中だったら母がびっくりするだろう。早く切らねばと思う。それで友人の木こりさんに相談すると、「まず森林組合に事情を説明して見解を示してもらったほうがいいだろう」と言う。それで、森林組合に電話すると翌日には係の人が軽トラックに乗って二人でやってきた。挨拶もそこそこに問題の杉の木がある場所に入って行った。携帯電話くらいの電子器具を使って字図上の地番を調べている。この方法で現在の持ち主を特定するようだ。責任者らしい人が言うには、
森林組合が間に入って伐採をします。予算を見積もりますが費用はどう負担するかを持ち主と相談してください」とそのような話だった。その場合には山の尾根にまでユンボが入る道を作って、などと大掛かりな話をしていた。
それから幾日か過ぎて山の持ち主が二トントラックに農作業の用具を積んだままやって来た。朝日が昇って少し暑くなった曇り空だった。見覚えのある顔だった。グリュックの散歩のとき、田んぼで耕運機に乗っていたり、刈払機であぜの草を刈っているところに出会うと挨拶を交わしている人だった。散歩の時よりは少し長めの挨拶をしてから歩きだした。
森林組合から電話があって・・・」
「そうですか」
駐車場所から歩いて門をくぐると、すぐに現場についた。
「数年前に杉の木が倒れて茶室の屋根にあたってですね」
「そうでしたね。どうも、あの時は・・・」
杉山と茶室の裏には境に小川がある。最近の雨で水の流れが多くなって傾斜のあるコンクリートの側溝を勢いよく流れている。小川が側溝になる以前は浅瀬に大小の小石がかさなって、せせらぎが心地いい音を立てていた。水に浮かぶ石をつたって川面を歩くと夏なら木漏れ日が流れに輝いていた。セミの声もさわやかに聞こえていた気がする。市の農業土木がそれを側溝にした。
「昔は、この小川に毛ガニやヤマメがいたそうですね」と言った。相槌はなくて、
「この山の杉や檜は私の父の代からあったもんで・・・」と山の持ち主が言う。
「え、そうですか、僕は苗を植える様子の記憶があるのですが」
「そうです。少し小さいのがその頃に植え足したスギです。大きなヒノキがありまっしょうが、四〇年以上のものです。お宅の茶室ができる前です」
「そうですか」と僕は自分の記憶の曖昧さを意識した。
「自然災害には個人に責任はありませんからね」と小さく独りごとのように言った。僕はそれには応えずに、
「大雨も心配ですが、台風も気になりますね。屋根にかぶさった枝も心配ですが、あそこの杉など傾いて、いつ倒れてきてもおかしくありませんよね」と見上げた。スギやヒノキの重なった枝の向こうに曇り空が見える。雲の動きが早い。台風が近づいているようだ。
「お茶室の被害は修復が大変ですからね。それに母がね」と語尾のほうをつぶやいた。山の持ち主は麦わら帽子を半分持ち上げて茶室にかぶさった木々の枝を目を細めて見上げながら、
森林組合から言うてきとるけ、私の負担で切りまっしょ」としんみりと言った。
その言葉は、どうも話の弾みでうかつに言ったように聞こえた。
「それでは、費用が大変でしょう。切る許可さえもらえれば僕の方で知り合いの木こりさんに頼んで切ってもらいますよ」と言った。
「そうですか、それでいいのですか」とほっこり顔になった。
さっそく、事の顛末を友人の木こりさんに携帯電話で報告した。台風が近いので明日にでも取り敢えず気がかりな杉を一本だけ切っておこうと言う。
僕がまだ朝の食事を終えない頃、木こりさんはやって来た。僕は朝の間、三時間ほど所用があったのでお昼前頃から手伝うことになった。それまで、木こりさんは下草や邪魔になりそうな榊などを切って、機材を整えながら待っていてくれた。
まずは傾いた杉の木を起こさねばならない。そのまま切ったのではお茶室に倒れるからだ。ところが木こりさん、チルホールという機材を忘れて来たらしい。ワイヤーで木を引っ張る機材なのだが、代用に僕がもっているチエーンブロックを使うことになった。チエーンブロックは横引には向かないし、引く長さが短い上に労力は数倍かかるが仕方がない。ワイヤーロープの代わりにヨットで使い古して交換したメインのハリヤードを使った。新しい物なら破断強度は五トンはあると言われるロープが音も無く切れた。二メートル近く引き寄せていた杉の木がすごい勢いで元に戻って身震いするように揺れた。切れたロープは真っ直ぐにこちらに飛んできたようだが目には見えなかった。ロープでは心もとないのでワイヤーロープを取りに行った。
ロープに比べて重たいし扱いにくいが強度は安心できる。ワイヤーロープをチエーンブロックで引き、先ほど切れたのより、もう少し強度なある大きなメインハリヤードを控えにした。体重をかけて腕を引き絞ってチエーンを引いても一度の動作で五センチほどしか動かない。斜面で足場が悪いし大きな黒い蚊が顔も手もズボンの上からも当たり構わず食いつくように刺す。ついには杉の枝が近くの木の枝に絡んで先ほどからいくら引いてもびくとも動かない。どうしようか、二人とも力尽きて座り込んでいた。「風が吹けば簡単に外れることがあるんですがね」と木こりさんが言って空を見上げた。そんなことがあればいいのにと思って僕も空を見上げた。
するとバリバリと枝がなる音がして絡んでいた木の枝が勢い良く離れた。木の高いところに風が通ったようだ。一気に二メートルほども近づいて、どうにか切れそうな位置にまで杉の木が引き寄せられていた。この時を待っていたように木こりさんはチエンソーを持ってきてエンジンをかけた。しかしエンジンのかかりが悪い。すぐに別のに取り替えて受け口を切った。追い口を切り終えない前に杉の木は、先ほどからワイヤーロープをかけて引いていたあたりから下に向かって縦に裂けるように割れて勢い良く倒れた。ドスンという音がした。考えればこれまで、僕もたくさん分かりきったことを予測できないでひどい目にあったり、人様にも色んな迷惑をかけてきた。人には分かりきったことを予測できない特徴があるのだろう。そもそも予測などできないのかもしれない。当たるも八卦、当たらぬも八卦、先のことなど分からない、と言うではないか。 
                                平成二四年七月一九日